ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

自分の特殊学級時代(8年前)を思ふ~何もしらない先生~

今 科目終了試験に向けて 勉強中・・・。
「自閉症児・者への支援」「発達障害論」のレポート書いてます。
ママになってからの勉強は 時間と 自分の逃げとの戦い・・。
ひだまりがねんねのうちに と思って始めましたが
なかなか進みませ~ん。
さんぽが 保育園から帰ってくるまでの間の 限定時間。
さんぽも 苦手な集団生活 がんばってんだから お母さんもがんばらねば。
ただ 発達障害について勉強しているのは 自分のため。
そのきっかけは さんぽでは ありません。  

さんぽが1歳9ヶ月の時 地域の「子どもの心の相談」に行きました。
そこの医師は 発達障害に詳しい ある小児科医でした。
以前 私は その医師の講演を聴いたことがあります。
その手の話に興味があったからです。
なぜって ・・・それは特殊学級の担任をしたことがあったから・・・。 
そのことを 話すと
「じゃあさんぽくんに どういうふうに 対応すればいいか 話さなくてもわかっているわね。」
と言われました。

私は 言葉が出ませんでした・・・。
実は 何もわかってなかったのです。
特殊学級の担任をしておきながら 何も知らないのです。
その学級の中に「自閉症」と診断されていた子がいなかったから、
と言い訳したいですが、通級していた子どもには
今、思えば、明らかに高機能の子やLD、の子がいたのにもかかわらず・・。

発達障害のこどものために ボランティアで 相談をうけつけている その医師に
そんな教員がいたなんて 申し訳なくて ついに言い出せませんでした。
特別な知識や資格もない普通学級の担任が
次の年に特殊学級を担任するのは この地域では当たり前でした。

呼び名もまだ 特殊学級だった8年前
一年間でしたが 私は特殊学級の担任でした。

できたての特殊学級・・・その未知な状態に
現校から 担任を 希望する人がおらず
異動したばかりの 20代の私が 
若さと情熱を買われて(?)担任することになったのでした。

(数ヵ月後に 私は その人事自体が 間違っていることに気づきました。
本来 設立したばかりの場合、特殊学級経験者か障害児教育専門者で 
なおかつ その学校の流れや行事を知っている人が 担任すべきです。
次の年から 私は担任からはずされてしまいました。
代わりに、また未経験の方が担任を・・・がっくり。 )

教師としての経験も 浅かった私は
初めての特殊教育も 「情熱で 技術を補おう」 などと
世にも恐ろしげな 考えで教室開きをしてしまいました。

教室に入ってくることが楽しみになるように・・と掲示板にさまざまな掲示をはり
担任が決まって あわてて読んだ薄っぺらい知識で 
療育に使われる道具や おもちゃを 意味なく購入して 並べました・・・。
ほかの学校の 特殊学級を見せてもらい
上っ面のいいところだけをとりそろえました・・・。 
まさに手探りの状態の 環境で
根本的に ずれてました。 

ひどいですよね。
特殊学級の担任なのに 全然わかっていないのです。
掲示も 療育の道具も  
どれひとつとっても 私の自己満足で 空回り
その子にあわせた 支援ではなかった。
きっと 当時の担任していた子どもの親にとっては
「先生・・・。一生懸命なのはわかるけど 求めているのはそれじゃないんですが・・。」
でしょう。

ある程度 きまったカリキュラムをこなせばよい 普通学級と違い
特殊学級は 全て 自分でつくりあげていかなければならず、
でも何を どうしたらいいのか 本当は さっぱりわかりません。
明日の日のことが 今日心配でした。

設立したばかりだから その学校には特殊教育について詳しい人は皆無。
まして幹部は 悪気はないだろうけれど あきれるほど知らず
「ほかの子が見ないよう 教室に 目張りをしなくていいのか」などと
障害を マイナス要因としてとらえていた 大昔の教育の話です。
それに対し 逆に当時の 特殊教育事情を話して
考え方を 改めてもらわなければならなかったのです。
でも私だって 何も知らなかった・・・。
やっと 特殊学級のやるべきことが わかりかけてきた1年後
希望はかなわず 普通学級の担任を 命じられてしまいました。



あの8年前、毎日が 何をどうしたらいいかわからなかった私は
まずは すぐ次の日に使えるような 情報と技術がほしかった。
当時は まだ今のようにわかりやすい本は 簡単に手に入らず
また 障害児教育を 簡単に学びにくい 地域的な事情もあって
意欲のわりに 手に入るものは 少し・・・。 
あの時に もっと知識と理解があったら 目の前の子どもたちの 成長をうながせたのに
 あの時に もっと情報を手に入れていたら 生きやすい環境を整えてあげられたのに
   あの時に あの時に・・・。
申し訳ない気持ちと 悔しい気持ちとが 
そして さんぽの母であることが 
今 学ぼうとする私を 後押ししているのです


でも そのたった1年の間に すばらしい先生方に出会うこともありました。
このことは また改めて記事にしたいと思います。 こちら→自分の特殊学級時代を思ふ~道しるべを作った方々~


その 先生方は 「心配な子どもの事例研究会」を有志で行い勉強していました。
自閉症スペクトラムについて、もっと教師に伝えていくべきだと考えている 医師と
個々への専門的な対応の方法を 
医師と連携し教えてもらうべきだという考えの 教師との会でした。
そのころは 全部で10人ほどの少人数の会でしたが 
まさに そこにいた医師や教師のような人たちの努力が
のちに 「特別支援教育」が導入されるきっかけに なっていると思います。   

「特別支援教育」が本格的に 学校に導入され
その考え方や方法が 紹介されるようになりましたが
先生の考え方や教育方法が 急に変わるとは思えません。 
根本的な部分で まだ理解していない先生たちは 多いと思います。
それは 8年前の私のように 気持ちはあっても 空回りしたり 
直面する毎日に 早く対応したいのが先決で
対応の方法は 今までの自分の技術に 頼ったりしているのが 現状ではないかと。


そこに 発達障害について理解があり
      わかりやすい情報と 知識を 
       より実践的で効果的な方法を
   先生方の近くで 助言できるコーディネーターのような人がいたら・・・。 


いつか 教員の誰もが そういう知識と技術を持って 対応できる日
あるいは そういう教員やコーディネーター的な役割をする人が 
各学校にいる日がくると信じたいですね。



もし さんぽやひだまりが 許してくれるなら
私がやりたいことを 自由にやってもいい日がくるなら  
私は もう一度 教員をしたい。
ニーズに合わせた個別の支援で その子の成長と発達を促すことのできる教員に

そんなこといったら


・・・・まず ぼくのことを ちゃんと支援して!!
         
       さんぽにおこられそう・・・。 

  
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自分の特殊学級時代を思ふ~道しるべを作った方々~

今年の春 でかけた発達障害についての講演。
最後に 講演のまとめを 話された医師は
講演を聴きに並ぶ 人々の顔を見て言いました。

「ずいぶんたくさんの 僕の知った顔が並んでいます。
僕と一緒に 長い道のりを歩いてきた発達障害の方と お父さんお母さんたちですね。
さまざまな悩みをともにしながら 時に 励まし 逆に励まされ ここまできました。
ようやく 発達障害について 社会が理解の目を見せるようになりました。
発達障害については ここ10年で大きな理解を得、研究が飛躍的に進んでいます。
今までのことは 生きています。みなさんの力なのです。」

発達障害をもつ方々 そして守ってきた保護者への 
いっぱいの愛が 感じられる言葉でした。
思わず もらい泣きをしてしまいました。

私は この医師に 9年前に会っていました。
特殊学級を担任していた時に  
「心配のある子の事例研究会」で。     特殊学級担任のいきさつはこちら→自分の特殊学級時代(8年前)を思ふ~何もしらない先生~



対応に悩む子どもへの 対応の仕方を 医師から専門的に学びたいと考える教師の会で
その考えに応えていただいた医師が参加していました。

会は有志で行われ 教師は10人ほど。
養護学校の教師が多かったですが 特殊学級の担任や普通学級の担任もちらほら・・。

それは、医師の構成したプログラムで
事例をめぐり まず教師同士で 
さまざまな視点で その子の個性と課題点にせまり
対応方法を練るものでした。
話し合いの時折に 医師からの助言がありました。
最終的に 医師から 事例に対する具体的な対応方法や 考え方を学びました。

9年前・・・当時は LDやADHDという障害を持つ子が 普通学級にもいるらしい
という程度のことが 教師間で出回った頃でした。
特殊学級担任であった私は LDやADHDと自閉症との関係も 全く知りませんでした。
でも その医師は いうのです。
ある日 普通学級の子どもの事例での 助言で
「おそらく その子は自閉症です。保護者に連絡してください。一度私が診ましょう。」
次の 普通学級の子どもの事例の時も
「おそらく 自閉症だと思います。ぼくを紹介してください。」
私は 次々と「自閉症」という医師の言葉に混乱しました。
普通学級に 時にいるような 少し気になるタイプの子が自閉症?   
その時 初めて高機能自閉症という 言葉を知りました。

その研究会の後、おきまりの飲み会で 医師は
「自閉症とよばれる障害は
  とても山のすそが長いことが わかってきた。
   その中には 普通学級で過ごし 
  戸惑い苦しんでいる子がたくさんいるということも。
  自閉症の子どもは 対応の方法で力を伸ばすことができる。
  でも、 いくら保護者に対応の仕方を話しても 
  一日の大半を学校で過ごしているので
  きちんと 対応されない状態が続いてしまう。
  そのまま 大事な時期を通り越してしまう。 
  それが 医師としてもどかしい。
  しかし 教師も困っていることがわかった。 対応の仕方がわからないから。
     そこに 医師が入ることで 前に進む。
  医師と教師と保護者が ばらばらでは 進まない。連携しなくてはいけない。
  僕は教師と連携して 自閉症の子どもに より早く適切な毎日に導きたい。
  そのためにきているのです。」

確か そういう話を 初心者の私に 熱心に話してくださいました。
とても 驚き、感動しました。
あとで その医師が 早く教師に伝えたい との理念で
謝礼も交通費もなしで 県も違う場所から この会にきてくださっていること
その医師は 発達障害研究の第一線におられる 本当に忙しい方だということを知りました。

そこで学ぶ その会をたちあげた養護学校の先生方は とても熱心で
困っているから 医師に何とかしてほしいのではなく 純粋に
「今 目の前にいる その子どもを よりよい方向にしたい。
でも教育だけではどうしても追いつけない分野・・医療の分野まで知る必要がある」から
医師から 専門的な技術を得たい という考えでした。
一斉授業で成り立ってしまう 普通学校の教師とは 
根本的に 「個への対応」という考え方が違っていて
それ自体が とても 私にとっては新鮮でした。
(特別支援教育・・・の基本が そこにあるのではないでしょうか。) 


その9年後 わたしは さんぽのお母さんになりました。


9年前 どんなに探しても なかなか見つからなかった適切な本が
今は 家の近くの本屋で 見つかったりします。
さまざまな講演が一般向けにあり  私は情報をもらうことができます。
さんぽは 1歳半で もう療育をうけることができ、
ある程度 理解をもった保育園の先生に あたたかく見てもらっています。
学校では特別支援教育法ができ、特別支援という考え方が広く理解されるようになりました。
そして
今も さまざまな場所で がんばっている 発達障害の子どものお母さんたちと
想いを 共感し合えるブログで 私は 励まされパワーをもらっています。

たった9年の間に 

たった9年の間に 社会の 理解の芽は 大きく育ちました。


9年前 小さな教師の会に 時間の合間をぬってきてくれた医師
自閉症の子に もっと 専門的な対応をして 成長を促したいと考えていた養護学校の先生 そして 何よりも 自閉症・・・発達障害・・・という障害が闇の中だったときに
整わない環境の中 一生懸命生きてきた 発達障害の子どもたちや
その子どもたちを 必死で守り 理解を求めて立ち上がってきた お母さんたち

9年の間の
その方々の想いを 考えると
言葉では 表せない気持ちで いっぱいになります。


たくさんの人の 9年間の想いを 道しるべに

さんぽの 今の生活がある。  
           

私のできることは・・・・・

まず その道しるべを 大切に 無駄にせずに

さんぽの 道を 歩きやすくすること。

そこからです。






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