ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

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メリークリスマス~全ての子どもたちに~

私のこと です。
ちょっと 今までの記事の内容から離れますが 許してください。
私の心のつぶやきなので。

この時期
  ・・・イルミネーションが輝き、クリスマスソングがあちらこちらから聞こえる頃
毎年 行っていることがあります。

それは さまざまな施設に出向き ピアノでクリスマスソングを弾くこと
 

私の たった一人での 小さな 反戦活動です。



今年は ひだまりがちっこいため 演奏予定はありません。
でも、誰も聴いていなくても ピアノに向かおうと思います。

そして さんぽと 歌おうと思います。
   笑顔で クリスマスソングを!


さんぽが お腹で鼓動していた時
 私は 本当に不思議な感覚がわきあがってくるのを感じました。      
     
        世の中に 生きる 全ての子どもたちが いとおしい
                     全ての命を あたためたい 
 
この感覚は何でしょうか。
いわゆる 本能的な  母性 なんでしょうか。

それは 生理的な現象なのかもしれません。
母になるための 女性ホルモンによる いたずらかもしれません。

でも 私の中に 突然わきあがってきた この感情。
自分の思想とかではなく 
 もっと動物的な無意識なところから きている気がしました。
おそらく 母である 動物が全て 持っているもの・・・?

その年の 12月
確か 同時テロから1年後
まだまだ はげしく続く世界の 人間同士の戦いが ニュースで繰り返されました。

そこに 赤ちゃんを連れたお母さんが 生きている
毎日 銃声の中で 子どもたちが 生きている
いたたまれない気持ちになりました。 

ああ どうか クリスマスを 一人でも多くの子どもたちが
      笑顔で すごせますように・・・!!

どうか どうか 今日この日は子どもたちに
   (銃声ではなく)クリスマスの歌が届きますように・・!! 

私にできることなんて ・・・・・ありません。
ただただ 思うだけ。願うだけ。   
でも わきあがるこの思いは ちゃんと表現しよう。
そう思いました。

そして 始めた「クリスマスソングのピアノ演奏」という名の 
小さな小さな反戦活動。

今年で4年目です。

場所は・・私の演奏を聴いてくれるところならどこでも。
老人ホームであったり 病院であったり 生活支援施設であったり 自分の家であったり 


もちろん私の 演奏を聴いて 反戦活動だなんて思う人は 誰もいないでしょう。
みんな、音楽を聴き 
それぞれの想いで 口ずさんだり 
        小さな頃を思い出したり
          忙しく働いていたり
             それでいいのです。

 ただ ただ 私は自分の思いを 音楽に表すだけ


今年も私はピアノに向かいます。

どうか みんなが 笑顔でクリスマスをむかえられますように!!

世界中の子どもたちから 明るい歌声が 聞こえてきますように!! 

 

          メリークリスマス!!




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不器用さん講座~その3「番外編リコーダー」

不器用さん講座その1「絵をかく」、その2「折り紙」は
医師からの情報、私だけではもったいな~いと思って書いた記事ですが
ちょっと 番外編をいれます~。

もし 自分の教員時代の経験が どなたかに役に立てばと思って・・・。
調子こいて 書いちゃいますね。
さんぽには まだ早い話ですが おそらく苦手であろう「リコーダー」
元音楽教師の私なら こんなふうに援助すると思います。

「リコーダー」が苦手君 おいで~ 

不器用さん講座~その3「番外編 リコーダー」

リコーダーが苦手な子に 不器用さんが多いのは 自分の経験上 間違いありません。
今 思えば どうにもこうにも リコーダーをうまく扱えなかった子どもの中に 
さんぽと似たタイプの子が 高い確率でいたように思います。

でも、リコーダーは その2「折り紙」でも出てきたように
視覚的なサポートが可能で、
その通り穴を押さえることで 確実に正しい音が出てくるという意味では
発達障害の子どもにとって わかりにくいものではないように思います。
大事なのは ちょっとした 手だて
私の経験で やってきたものを 載せてみました。

援助① 「持ち手
苦手な子どもの中に リコーダーを持つ手が 左右逆の子がいます。
なぜ、逆に持つか。先生が一斉指導の中で 鏡のように
子どもに向かって 持ち方を見せるからです。
当然 相互的な情報の処理が 難しい子どもは 逆になります。
だから 逆に持っている子って 結構多いんですよ。 
私は 5年生でクラス半分の子どもたちが 逆に持ってたケースを見ました。
音楽が苦手でおおざっぱな男の先生に 2年間教わってしまった結果でした。

でも、実は 逆の手でもすらすらと吹けてしまう子どももいます。
そんな子は 十分音楽を楽しめるし それでいいかもしれません。
でも もし苦手ならば 直した方が正解です。
理由は、これから何度も指導される上で、教える側も教わる側も、
そのことで運指が混乱するからです。

とはいえ一度覚えてしまうと 言ってもなかなか直らないのが さんぽのタイプの子どもたち。
そんな時は 視覚サポートで補おう!
右手シール 左手シールをはるのが 手っ取り早いと思います。
そして できれば笛を吹く直前に 先生から
「シール見て!」と一言 声をかけてもらえれば 強化はばつぐん!

援助② 「そえる手」の位置
不器用さん講座その1「絵をかく」で出てきた通り、
さんぽタイプ君たちは 親指と人差し指の力加減とバランスが うまくいかない。
そう考えると リコーダー「シ」なんて致命的ですよね。
だから 左手だけで運指をしている時、とても吹きづらいんだと思います。
ならば 大事なのはリコーダーにそえる右手。
でも、さんぽを見てるとわかりますが 左右の協応って自然にできないですよね。
おそらく そえる手の方への意識がなく 位置を無意識には習得できない。
経験上 苦手な子は よく そえる手の位置に問題がありました。 
そえる手の位置までって 教えないですからね。指導上の 落とし穴なんです。

対応は いたって簡単。
援助①での右手のシールをはる場所に一手間。
そえるとバランスのよい場所を確かめて ぺたっ
そこに親指をおくと うまく持てるように工夫してみてください。

援助③ 「高い音の左手の親指」
リコーダーは高いド音以上になると 左手の親指の穴を 半分だけ開きます。
その音だけの練習ならできますが メロディーの流れで 突然出てくると
これが結構 大変!! 不器用さん泣かせです。
よりにもよって 親指を 細かく移動させるなんて 今考えれば酷な話です。

これね。一応指導上では 穴を半分開けないといけないことになってますが
全部あけちゃっても そんなに音には影響ないんですよ。
ただ、高いレやミは 確かに出しにくくなるんですけど。
多少 ぷう~っとなっても、メロディー上 そういう音は頻度が少ないのが普通。
だから思い切って 高い音の 親指の半開きは 全開にしちゃう。
そうすると その部分で止まっちゃうということが 避けられます。
高い音が出てくると 急に苦手になってしまう子どもには お勧めです。
 
援助④ 「運指」
リコーダーは「運指」で音が 確実にきまります。
運指は さんぽタイプにはうれしい 「リコーダーの絵で描かれた表」があります。
とてもわかりやすく 視覚的サポートの王様のようです。
これを使わない手はありません。

でも、意外と 吹いているリコーダーの楽譜には 一部しかかいてなかったりするのです。
ここに一手間。
運指を 全部の音にかく。或いは 運指だけの楽譜をつくる。
これだけで ふけるようになる子は多いですよ。 
ただ、子どもによっては 運指表を 逆に見た方が わかりやすい子もいました。
そんなタイプは 楽譜にかくときも、 全部逆さにしてみてくださいね。

援助⑤ 「スモールステップ」
それでも 不器用さんにとっては 指で一つ一つ穴を押さえることは難しいこと。
簡単にすらすらふけるようになるものではありません。
でも、よ~く 援助④の 運指の楽譜をみてください。
指の移動の簡単なところが必ずあります。
同じ音が 続いていたり ひとつの指の移動が 繰り返しだったり・・・・。

そこから 練習を始める。
すると すぐできる!やる気がむくむく
じゃあ ここも・・・・ってな感じで。
曲は 始めから吹かなきゃいけないものじゃないんです。
子どもは 一斉でふいてるときも 耳でききながら
「あっここからふける」と あわてて でも生き生きとふきだします。
最初からずっとわからず ごにょごにょ手を動かしているうちに終わっちゃうより 
自信の具合が違ってきますよ。

講座は ここでおしまい!!
もし リコーダーで困っている不器用さんがいたら  
ちょっとした 手だて  是非 一度 挑戦してみてください。 

私の 過去になってしまった経験が どこかで誰かに 役立っていたら・・・


・・・・そんなふうに考えるだけで ちょっとうきうきします。
     

テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

ああおもしろい 虫の声♪

こうやって、真夜中にひっそりPCに向かっていると

ちりちりちり・・・・ぎぃぎぃ・・・・ころころころころ

聞こえてくる 秋の虫たちの歌声
すっごく癒されてます。

さんぽが がんばって捕まえてきたコオロギたち
夜がふけると 羽を震わせ ささやかに 歌い続けるんです。
よくきいていると 日によって 時間によって 歌い方もちょっとずつ違う。
結構・・・楽しんでます、私 へへ。

音・・・
私は、自然の音に 心が震える瞬間が いくつもあります。

キャンプ場にいる時の、山から降りてくる風の音
穏やかな海の 波が砂を触る音
高くそびえた木の 木の葉がすれる音
一番早く おちてきた雨つぶが 屋根をたたいた音

英語脳を持つ人、或いは西洋の人、はたまた日本をのぞくアジアの人たちもが
こういう自然の音が 雑音にしか聞こえないと きいたことがあります。

信じられない もったいない・・・・!!。
こんなに素敵な音なのに・・・。

日本人は、虫の音や自然の音を、言語と同じ脳で きいていて
虫の音も 自然の音も 声としてうけとっているから 雑音としてとらえないそうです。
ただ、生まれつきのものではなく 後天的に日本語を学習したからそうなったというから
またまた脳のなせる 不思議な話ですよね。

私は どうやらバリバリの日本人のようです。


さんぽは 虫の声 どんなふうに聞こえているのかな?

実際、さんぽが鳴く虫を捕まえてきて、家で飼うといった時
虫の声はストレスにならないかな?聴覚的な刺激としては どうなのかな?
と少々 考えました。

でも
「シーっ!ないてる ないてる・・・うふふふ」と
忍び足で近づく姿や 
真夜中 あれだけ大合唱が始まっても、隣でスースーと寝息をたてる姿を見ると

さんぽの聴覚過敏という その部分とは 無関係のようで
そうやら さんぽも 日本語脳を持つ 生粋の日本人みたいです。

ちりちりちり・・・・ころころころ・・・・

虫の声をききながら 秋に酔う
あくせくとしていた気持ちがふとゆるんで しばらくの間 手を止め 瞑想にふける。

目に浮かんでくる 秋の風景に ストレスが溶けていく
黄金色の稲 大きな夕焼け 赤とんぼ・・・


よかった。
さんぽも こんなふうに自然の音を味わえるんだね。



そんなふうに思う中 だんなが一言
「虫 なんとかならないの。夜うるさくてさ。近所迷惑だよ、あれ。」


・・・・おいっ!あんたは 何人だい        

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

雨上がりの夜空にーキヨシローさんを偲んで

中学の頃、すでに、音楽系の大学を意識していた私は
勉強のBGMには、ピアノのクラシック
当時は、NHKFMを録音して、クラシックを聴く・・・
それが好きというより、それでなくてはいけないという概念が先にありました。

でも、あるFM局の番組の最初に流れる曲がどうしても気になりました。
聴くと酔うような感覚にとらわれる。音楽に対する初めて味わった感覚でした。  
あるとき、歳の離れたお姉さんのいるピアノ仲間のお友達に、曲名を教えてもらいました。
「ライディーン」
私は、YMOのつくる、テクノミュージックの魅力にとりつかれました。 
YMOのメンバーも、すごく魅力的でしたよね。

その頃、丁度YMOの坂本龍一さんとの「いけないルージュマジック」が流行りだし、
忌野清志郎さん・・・キヨシローを知りました。
度派手なメイクに、中性的なファッション、演奏中のキス・・・当時はセンセーショナルでしたよね。
でも、知らぬうちに自分の中で何となく出来上がってしまっていた「常識」を
ひっくり返してしまう勢いに どこかすごく惹かれるものがありました。

マジメで、勉強好きで、ピアノに熱中している、合唱部の部長さんは
YMOを聴いて、キヨシローのRCサクセションをうたっちゃうんだよ。
そんな、周りからの自分のイメージを覆すことへの、おもしろさもありました。

自我が芽生え、感情の浮きしずみを自分さえもコントロールできない思春期。
キヨシローのうたいあげる うわっつらのきれいごとじゃない 裏も表も全部放り投げたような歌詞に
つくられてしまった自分自身のイメージや「常識」への反抗を 重ねていたのかもしれません。
正統派の音楽を学べば学ぶほど、ロックやテクノ への憧れを抱いたのもある。

これが「当たり前」 なんて
これが「常識」 なんて
「正しい」ことが「正しい」なんて 
そんなこと だれが決めるの。

「常識」の枠をはずそう。
枠をはずして見えることがある。
枠より大切なことに気づくことがある。
みんなと一緒でいいんじゃなくて、自分がそうだと思うことをしよう。

はずれているなんて気にしなくていい。
はずれていることは、はずしていることなんだ。
そういう当たり前でない自分自身とも愛し合おう。


不安定で 自分自身のことが気になって 学校に社会に疑問だらけで
でも、やりたいことは何かいつも考えて それに向かってなら全力で突き進めた
あの 思春期。 
その大切な時代を つくりあげてくれた 歌・・・音楽は
歌わなくなった今でも 
私の根底から メッセージを送り続けている。



キヨシローは、ここにいなくなっても、
キヨシローの歌は 生きている。これからもずっと。
  

テーマ:忌野清志郎 - ジャンル:音楽

ありのままを全て感じるー日本の音

少し音楽のことを。

今日は、自分の大学時代の先生が退職されて記念会があり、出席してきました。
私はピアノ科で合格し、途中で専門を声楽科に変更し、
最後は卒論を音楽教育で提出した異端児で、大学時代は、お世話になった先生がたくさんいます。
出会った恩師、どの方も、本当にすばらしい方々で、音楽家として、人間として、尊敬しています。
私は、大学時代の音楽環境が、とても恵まれていました。
時代の最先端を歩んでいらした先生方の退職は、なんだか寂しく、一つの音楽文化の区切りを感じます。

そういう中で育ててもらった、私の中の音楽・・・話したいことは山ほどあります。
今日は、その中の一つを。

私の中には、音へのこだわりがあります。
それは・・・日本人の感じる音
それは

すいきんくつ(穴から水滴が落ちる音)やシシおどしの音(竹に水がたまって落とす時の音)であり

和太鼓のリズムや三味線の激しい鳴らしであり

合いの手の勢い、民謡のこぶし、尺八の音の揺れであり

笙の和音であり

子守唄やわらべ歌であり・・・


大学に入るまで、絶対音感のもと、ベートーベンやショパンを弾きまくり、ソナタ形式や西洋の音楽理論を学び、それが正統な音楽だと植えつけていた自分にとって
ごく当たり前に日常にあふれている日本の音への感性に気づいた時、
とても衝撃的でした。

音の周波数により、理論的に並べられた、ドレミファソラシド
西洋音楽の理論にのっとり、鍵盤はしきられ、その間の音は、半音以外、音として認められない。
それが、正しく美しい音
そして、決められた音の重なりが、正しく美しい和音
ピアノは、正しい周波数に近づけた音にするために、念入りに調律をするし
声楽なら、いかに正しい音程に声をあてるかが、基本になる。
わかりやすく整然と管理された音楽の理論・・・
そこからはずれてしまう音も和音は、正しくない音、よくない音になる。
終止形をとらない曲は、不安をあおる。正しい音楽の形としては、認められない。
メロディーは楽譜に表し、誰が奏でても正しくあるようにする。
西洋では、虫の声は、雑音。音として聞かれることはないのです。

でも・・・
私には、虫の声が音としてきこえる。
ドレミファソラシドに当てはまらなくても、秋の音として心に鳴る
「ラソラ、ソララソラ(さーちこちゃん、あそびましょ)」ラで終わる、終止形をとらないわらべ歌が
問いかけの優しい想いの音楽になって感じられる。
母の背中できいた、毎日違うこぶし(同じ音の揺れ)の入った子守唄が
あたたかい音として安心感をのこす。

西洋で言われる「正統の音」ではないはずなのに。

でも、そこに存在するのは、間違いなく、気持ちを癒し、震わし、感動を与える音楽。
確かに、日本人にとっては、大切な音。

そうか・・・そうなんだな。
○も×もない
「これが正しい音」っなんてない。
みんな大切な音なんだ。みんな同じ位置の音楽なんだ。

大学時代、やっと気づいたこのことに、私はすごく感動したのです。


静けさの中、穴を落ちて底を ポチャン・・・・とならす小さな水滴の奏でた音

自然の香る庭で、カーンと響き渡る竹の音

夜中、小さく震える虫の、羽が鳴らす歌声

こどもを寝かすために歌い続ける、母親の微妙にこぶしの入った歌

同じ単音の重なりだけで、精神を向上させることのできるお経

丸くなって囲んで歌う、子どもたちのあーぶくたったにえたった

その音と、オーケストラの奏でるベートーベンの第九と、
どっちが正しいとか高尚とか
そんなのくらべることなんてできなくて

どれもこれも、すごく素敵な音楽・・。
心に響く音・・・。


音を科学的に解明させ、理論つけることはできなくても
自然界にある、計算されていないありのままの音を、全て音楽として感じる
こういう感性を持った日本の心に、
私は誇りをもっています。


ありのままを すべて 認め 感じる

この国はいにしえのかなたから、伝え伝えて、私たちに素敵なものを残してくれている
・・・・そう思うのです。 



音楽・・・まだまだ話したいことがあります
また機会があったら。 

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

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