ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

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理解をこえて、支援にたどりつく・・理解の意味はそこから

さんぽの懇談会がありました。
今回の担任先生は、見るからに、さんぽにとって不安要素の少ない感じです。
穏やかな表情、落ち着いた声のトーン。感情の激しい起伏を感じさせない。
さんぽにとって、不安の感じない先生が、作り出す優しい教室の中で
不適切な行動や不安行動はおこることはなく、驚くほど順調に日は流れていっています。

実際、今回の懇談は、この私ですら
「特にこれといって話すことはないかも」みたいな状況で(順調すぎ?)。

でも、せっかくなので懇談会であのことについて話そうと思っていました。
それは、先日、さんぽが大喜びで帰ってきたエピソード。

さんぽが、保育園から帰ってくるなり、「今日イスとりゲームしたんだよ。」と言ったときのお話です。

さんぽは、あの手の集団での勝負ゲームは、楽しさより、失敗する怖さや不安が先立ってしまってダメ。
年少のときは、ワンワン泣きながら、強迫的にやったときいてるし、
年中のときは、泣かないでやったものの不安行動が続出、家で「あういうみんなでやるゲームはオレは嫌いだ。何も楽しくない」と言って怒っていました。

では、年長になっての様子は?
今回は意外にもこんなことをいうのです。
「前とね。ルールが違ったんだ。誰も負けないんだよ。オレ、すごく楽しかった。」

きけば、1回目は、よくあるイスとりゲームのルールをしたのだけれど、
2回目は、イスに座る人のひざにも座っていいというルールだったらしいのです。

「ひざの上にちゃんと座ればいいんだ。みんな勝ちなんだ。だから、すごく楽しいんだよ。」
素敵ないいものを見つけたかのように、鼻を膨らませて興奮気味で話すさんぽ。

きっと、はじめて、集団で行うゲームを楽しいと感じたんだろうな。

集団ゲームは、多くの子が楽しむ活動です。
教師や保育士側にとっては、簡単にこどもたちが盛り上がるので、手軽に使いやすいアイテムです。
でも、さんぽみたいなタイプのこどもにとって、本来の楽しさを味わえないどころか、
そのゲームの時間が過緊張を強いられ続ける、恐怖の時間になることは、わかってもらえにくい。

その時、「みんなが楽しんでいるのに、楽しめないなんて面倒なこどもだな」ととらえられず、
「このやり方だと楽しめられないこどももいるんだな。どうしてかな」と考えてもらえた時に
「理解」が生まれる。

そして、「このやり方なら楽しめるかな」と先生にとって当たり前だったルールに、少し手だてを加えてみてもらえた時に、
そこから「支援」が生まれる。

担任の先生が行った、「誰もが負けないようにするルール」
それこそが、まさしく支援。
ごく自然に、そういった対応ができる先生だからこそ、
今年度、さんぽが落ち着いて生活できるんだなと 改めて思うのです。

逆に
何となく・・・昨年度の先生と最後までしっくりいかなかった理由が分かった気がしました。
ベテランで、細かいところによく気がつき、指導内容もしっかりした考えの持ち主の昨年の先生。
けっして、さんぽを邪険にしたとは思っていない。
先生なりに、発達障害の特性や対応を勉強され、むしろ、さんぽの行動をよく見てくれたと思う。

でも、昨年の個人懇談で、こんなことを言われたのを思い出すのです。
「5月から、帰りの前に、私の思うこと(生き物を大切になど道徳的な)お話をする時間を設定したんです。でも、話をすると、さんぽ君は手のひらをひらひらさせて首をかしげている。発達障害のお子さんは、想像力がないそうですので、さんぽ君もおそらく私の話が想像できず、わからないんだなと思いました。ただ、私としてもみんなに話したい内容なのでその時間は続けます。その時間はさんぽ君に我慢させることを了承ください。」


これをきいた時、私の中で「あれ?なんか違う」的な、違和感が残ったのを今でも忘れない。
どこか、差別されたような・・・悔しさが残った。

手のひらをひらひら・・・まさしくさんぽの混乱状態を物語っている。
先生は、そこに気づき、こういう話は理解しにくいんだなと気づいてくれている。
そこで、「変なことしないのよ」と叱ったり、「話をきいていないな」とイラついたりせず
その原因に、さんぽの特性があると、考えてくれている。

そこに確かに、「理解」が生まれていたのだ。

でも、「さんぽは特性から想像できない。でも普通のほかのみんなは想像できること。
だから、ほかのみんなに合わせた指導をして当然、さんぽ君は我慢してもらうしかない」
その考え方に、私はひっかかっていたのだ。
そう考えてみると、膳担任の先生は、理解をしてくれたけれども、1年を通し、最後まで、そういう指導だったように思う。

「理解」が「支援」へつながってはいなかったのだ。

先生は、理解しようとしてくれている、私のお願いしたことは気をつけてくれている、そう十分に感じながらも、
昨年度の間中、どこか、理解されればされるほど、仲間はずれになっていくようなそういう思いが常にあった・・・その理由。
それは、
理解が支援につながっていない、そこにあったんだと。


「理解」という段階をこえて、「支援」にたどりつく、

そこには、大きな壁があるのかもしれない。

特に、古い体制を守り続けているベテランの先生や、
学校の幹部にいるような古株の先生たちほど、その壁は余計に大きいように感じる。
逆に、今回の担任の先生のように、若さゆえ、理解をもとびこえて、先に支援にまわれる・・・案外そういうこともあるかもしれないなと思う。

それでも、私たちが始めるのは、最初は「理解」してもらうことからだ。
そう、多くの教育界の先生たちに理解してもらい、今までの誤解をといてもらい「発達障害のこどもの特性」を認めてもらうことがやっぱり必要だ。

でも、
理解が理解だけで終わっては、何も救われない。
特性だけが一人歩きし、色眼鏡で見られただけでは、差別と変わらない。

そこに「支援」があって、初めて、理解が意味があるものになる。

本当に大切なのは、「どう支援するか」。
そこなんだよな。

そんなことを思いました。


ちなみに
個人懇談の前に、さんぽに、「先生に伝えたいことはない」か、ききました。
「先生はね。まだ怒ったことがないんだよ。だから、オレ、先生の怒った顔がどんな顔か気になるんだ。」
さんぽとしては、先生の「怒った顔パターン」が自分にまだインプットされていないのが、心配なようです。
でも、一番教室が落ち着かないこの時期に、まだ怒った顔を見せたことのない先生ならば、
今後も、形相を変えて怒ることはないかもよ、さんぽ。

そして、こんなこともいいます。
「オレ、優しいから、先生のこと大好きなんだ。そう伝えておいて。」

その通り伝えたら、先生は、ちょっと顔を赤らめて照れてました。
やっぱ若いなっ、先生、うふふ。
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テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

補助輪なし自転車

ちょっと「やったね!」的な報告があります。

さんぽ、補助輪なし自転車にのれるようになりました~

この補助輪なし自転車。
早い子だと年少さんから取り組み、年中さんでできるようになるとちょっと自慢したくなっちゃう感じ。
年長さんになると、ほとんどの子が一度は取り組んでいるという、
こどもにとって、「できるかできないか」がちょっと気になるシロモノです。
親にとっても、それは同じようで、ママの話に「自転車補助輪なしでのれる?」が結構話題に。
年長になってまだ取り組んでいないと、あせりの声もきこえます。

けれど、何てったってこの私、補助輪なし自転車にのれたのは、小2・・・てへっ。
運動が苦手だった私は、取り組むこと自体も遅かったと思います。
だから・・・別にさんぽができなくても構わなかったというか・・・できなくて当然?ぐらいな気持ち。

だってさんぽは、三輪車がこげるようになったのが4歳ごろ。明らかに遅めでした。
補助輪なしでの自転車なんていうのは、おそらくさんぽが苦手。
そういうものに関しては、さんぽの気持ちが拒否してる間は、こっちが働きかけてもあまり効果がない。
パターンは把握しているので、こちらから声かけはしていませんでした。

発達障害の子にありがちなパターンといえば、新しい活動に対しては拒否が続き、
「だんだんできるようになってきたねー」という徐々にうまくなる過程なしに
ある日突然、いきなり完成状態を見せられる・・・みたいな。
さんぽにも、過去に、トイレトレーニングなしで、ある日突然その日から、自分からトイレでおしっこできるようになったとか、そういうパターンがありました。
医師には「階段状の成長」(健常児の「なだらかにのぼる成長」に比較して)と言ってましたが。

新しい何かに挑戦する
そういう活動の場合、さんぽたちは「拒否拒否拒否・・・の平行線の後に、突然階段をのぼってクリア」
そんな予想をたてておくと、親もあせらず、見通しがたてられます。
拒否している間は、時折刺激を与えながらも、強制せず、その気になる日を待つ。

今回も、そのパターン通り構えていたのが、成功したかもしれません。

その気になる日は、思いがけず、早くやってきました。

今回のきっかけをつくったのは、お友達
気持ちを高めてくれたのも、背中をおしてくれたのも、お友達です。

仲の良い友達が、補助輪なしで自転車にのるところを、見せてもらったのです。
しかも、まだ、よたよた・・・おっとっと。
そんな友達の未完成状態が、さんぽを奮起させたようでした。

その場で、「オレもやる。」と言い出し、そこで練習が始まりました。
お友達は、ずっとそばについて、見守ってくれます。
時には「さんちゃん、すごい」「さんちゃん がんばれ」と、上手に声をかけてくれます。

最初こそ、私の、後ろの支えがいりましたが
そのうち、お友達の上手なサポートに、自分だけでやりたがるようになり、
私はそこにいる必要がなくなってしまいました。

私が必要だったのは、最初の10分
後は、お友達とさんぽにお任せです。
そして、その日、1時間半練習した頃には、
さんぽは乗り出しもカーブも自由自在にこげるようになっていました。

ペダルをこぎながら自慢げに振り向く、本当にうれしそうな顔
その後ろには、同じようにペダルをこぎながら、にっこり笑うお友達


そっか・・・。
保育園で突然できるようになった、鉄棒もうんていも登り棒も
みんなこうやって、お友達にきっかけと応援をもらってたんだな。
そういう苦手な活動ができるようになるのにも、もう私は必要なくなっていたんだ・・・。

ついこの間まで、私の応援の声が、何よりも 気持ちを高めるアイテムだったはずなのに
もう・・・さんぽにとって、最高のアイテムは、お友達の声になっていたんだね。

さんぽの
ぎゅっと握りしめていた小さな手が、少しずつ少しずつ離れていく。。。


夕焼けに照らされて、影をつくる二つの自転車は、とびっきりきらきらしていました。

私は、そのずっと後ろで、二人を追いかけながら

なんだかすっごくうれしくて

なんだかちょっときゅん・・・としていました。


さんぽ5歳9ヶ月、補助輪なし記念日です。

テーマ:5歳児の日常 - ジャンル:育児

ちょっと一息・・・モテモテです。

さんぽは、こういっちゃあなんですが、どうやら気に入ってくれる女の子が結構います。

去年は、クラスでボス的な存在の女の子が、さんぽにホの字だったらしくて
さんぽへのアタックを邪魔された女の子たちのドロドロした何かがあった・・・(月9ドラマかっ!)
とかなかったとか・・・(えーいっどっちよ)。

今年は、しっかりものの姉御肌、ほのちゃんと仲良し
「いつも、大人が恥ずかしくなるほど、いちゃいちゃしてまして・・・」と懇談でも言われました。
交換し合うお手紙にも、心なしか気合が入ってて、色がカラフルだったりします。

この前の手紙のさんぽのお返事は

「けっこん ありがとう

やだっ、あ・・・あんたたちっ、いったい、どういう仲なの・・・!!!

・・・・えっ?けっこんを申し込まれていた?
なんだっ、そっっそっ、それだけっ、それだけよね。びっくりした。
5歳児だということを、忘れそうになった母でした汗;


今日も、帰り道、隣のクラスのれいちゃんのママが、こっそりと

「父の日にね。パパみたいに優しい人と結婚しなさいね、と話したら、
(れいは、さんぽ君と結婚するの、だってすごく優しいんだよ)って言ってたのよ。
私はさんぽ君のことあんまりよく知らないんだけど、いやなことや悪いことをしないし、がんばれーとか優しい言葉かけてくれるんだって。れい、すごく好きみたいで。うふふ。」

あらっまあ、うふふ、うれしいわあ
そうなの、うちのさんぽ、わりと優しい方かも。
優しいというよりへなちょこよー。男の子の中にいると歯がゆいもん。
これから、男の子の中でもまれてやっていけるかしら。

「あら、根本的に優しいことは大事なことだと思うわよ。
男の子の中でもまれても、大人になった時、最終的に優しさは武器になるって。
さんぽ君いいわよー。」

そんな風に言われて、ちょっとうれしかった私は、
そばにいたさんぽに
「れいちゃん、さんぽのこと大好きで、結婚したいんだって。うれしいね。」と。

すると、さんぽ、何様かしらぬが

「れいちゃんって何歳?5歳?、それならオレと同じだから結婚できるよ。
でも、今はまだこどもだから無理無理。20歳くらいの大人になったらね。
う~ん、でも、オレと結婚したい子、たくさんいるから困るな。れいちゃんは、
さくらちゃん、のどちゃん、ももこちゃん、いずみちゃん、ほのちゃんの次になるけど、いい?」

・・・説明しだした・・・。
しかも、その内容、なんじゃそりゃ、おいおい、最悪だよ、さんぽ。


あっほら、れいちゃんのママの表情、固まってるし。
優しいイメージのさんぽが、ガラガラと崩れてるって感じだ、こりゃ。

空気 読めよーーーーー。


さんぽ、5歳。
どうやら今が 人生最大のモテ期かもしれません。
完全に 調子にのってます。
モテ期のなかっただんなは、少しねたんでいる。ぷぷっぷぷ

テーマ:男の子育児 - ジャンル:育児

お友達と遊ぶ

最近、記事を書くと、更新したその日に訪れる方の人数が50をこえていて・・・。
誰かが、今日も気にしてちらりとのぞいてくれている・・・
さんぽと私の毎日を見守ってくれてる・・・と思うと、とても心があたたかいです。
それなのに、私自身がPCに向かう時間が少なく、自分のブログの管理はおろか、
みなさんのブログにお邪魔するのもまちまち・・・本当に申し訳ないです。

ずっと、そおっと応援を続けていただいてありがとうございます。
いつも、力になっています。



さて、保育園の新しい生活も落ち着き、先生にも恵まれたさんぽ。
とても順調です。

心に余裕ができ、保育園の後 毎日のように、「お友達と遊びたい。」というようになりました。

昨年までは考えられなかったこと・・・。
保育園の後は、もう気持ちがくたくたで、友達どころか、好きな公園にさえ行くこと自体を拒否。
保育園以上の刺激は受け付けられない状態だったのだと思います。

家に直行し、帰るなり、毎日同じおもちゃで遊び、同じビデオを見る。
それが、刺激でいっぱいいっぱいの気持ちを整理させていく、何よりの手段。
その時間を大事にしてあげないと、さんぽが壊れてしまうと思いました。
たまに、お友達をよんだりする日は、刺激に耐えられる日程を考え、気持ちの切り換えのアイテムを用意して、相当な覚悟の上。
それでも、友達が帰った後、思った以上に荒れてしまったり、疲れ果ててしまうこともしばしば。

そのさんぽが・・・毎日のように、保育園後にもお友達を求める。

それは、本当にすごいことです。

ただどうなのかな?
いくら、さんぽが遊びたいといっても、最後までさんぽがいっぱいいっぱいにならず、私の助けもいらず、楽しく遊べる子は、数人かな。
それは、みんな一緒かぁ。

厄介なのは、年長だと、誰かと遊びたいといっても、自分で約束をこぎつけるのは無理で、
結局、親が園後の約束を担わないといけないこと。
だから、どちらかというと、園後はさんぽの気が合う友達と約束するというより、
私がママと連絡し合うことができる友達と遊ぶ・・・ということになります。
さんぽの気が合う子と、私のママ友との交友関係は、ぴったり一緒じゃない・・・。
本当は、園後ぐらい、気の合うこと、遊ばせてあげたいけれど、そうもいかないですよね。

さんぽが、園後に友達を求めるようになって、ふと気がついたことがあります。

保育園後の「大名行列」
園のお迎えで、何だかたくさんのこどもを1人のお母さんが引き連れて帰る行列。

思わず「どう?見て?うちの子、たくさんのお友達がいるでしょ」と見えるのは、私だけかな。
中には、保育園ではとうてい絡んでいない、気が合いそうもない子も一緒の雑多なグループもあったりしますよね。
ひきつれているお友達の多さは、子どもの人間関係というより、ママのママ友の多さ。
そんな感じかな・・・。

クラスの男の子の大半を引き連れるような大勢のメンバーに入れてもらっていない時や
さんぽが求めているのに、園後に遊ぶ仲間と約束をこぎつけれなかった時に、
思わず、自分のママ友の範囲の広さに あせりを感じたりする。
その訳のわからないあせりを、自分でもばかばかしいと感じる。

誰のための友達?
園後は、誰のための時間?

そこを、間違えたくない。

いずれ、さんぽは、自分で気に入ったお友達と約束できるようになって、
私が介入することなく、放課後を一緒に過ごしたり、家によびあったりするだろう。
その時には、私の役目はなくなり、1人の人としての交流関係がつくられていくはず。
でも、今は、親子はまだ、つながったまま友達関係が成立している。
だから、自分の交流関係に、さんぽをまきこんでしまうことがないように、気をつけなくちゃなと思うのです。

少し前に、園後、総勢10人のメンバーで遊ばないかと誘われました。
いつも、たくさんの子を引き連れているお母さんが主で、声かけているようでした。
主のお母さんとも、メンバーの中の数人のお母さんとも、それなりに縁があって母同士は、メールでやり取りする間柄。
でも・・・こどもは、明らかにさんぽの苦手なタイプなんですよね。
遊びも違うし、コミュニケーションのとり方も違う・・・。
いろいろな意味で、さんぽが泣かされ、最終的にパニックになる可能性も大。
園後まで、そんな思いをさせる必要があるのか、疑問がでてきます。

以前なら、迷わず断わっていた・・・、さんぽのキャパをこえたら、後が本当に大変だったから。

でも、今なら・・・どうする?
さんぽの気の合う仲間ではなく、私の交流関係の仲間。
さんぽに与える負のダメージも覚悟して、それでも?

結局、誘われた仲間にさんぽを入れ、私もこどもたちの中に入って一緒に遊びました。
さんぽに、パニックをおこす状況を避けさせるためです。
でも、そうやって子供たちの中に入って、一緒に遊ぶと
このメンバーの遊び、秩序やルールがめちゃくちゃだな・・・ということに愕然としました。
いや・・・これが5歳児の発達段階の限度なのかもしれません。

弱肉強食、威圧的に悪い言葉でののしって自分勝手にした人がかち。
まだ本人たちに認識がないけれども、1人の子を無意味に攻撃するいじめに似た状況もある。
闘いをすると、物を投げる、おもちゃの武器を本気で振り回す、力加減のない叩きあい押し合い・・。

正しくあるべき友達との遊び方を、知らないままなんです。
多年齢が混じっていると、そこに、年齢相応の冷静で的確な制止があったり
ルールをつくって遊ぶことで解決するということを自然に教えていくのが可能なんだろうけど・・・。
メンバー的に、長男が多いこのグループは、異年齢で遊ぶことも少ないし、
そういう状況が今の時代を象徴している気がします。

それにしても・・・あまりに秩序もルールもないこの遊び・・・。
どうしてこうなっちゃうのかな。このままでいいのかな。
誰も正しい遊び方を示す人なしで、こういう形で遊び続けて、秩序やルールを覚える時がくるのかな。

私は・・・・何となく・・・今の5歳児の発達段階において、
やっぱり、親の介入って、少し必要じゃないかと思いました。
介入っていうより、「一緒に遊ぶ大人」。

何かトラブルがあって、怪我したり、泣いた子がでて、初めて親が、成敗しに登場するのではなく
一緒にこどもたちの目線で遊んで、ともにその時間を楽しむ中で
間違っている遊びの時に、「これはこの方がいいよ」と正しい提案をする人、
「危ない武器は使わないようにしよう」と、かかわり方や遊び方のルールの模範を見せる人
今の段階には それが、必要なんじゃないかな・・・と。

たくさんこどもたちを引き連れて、自由に遊ばすのも、イベントなどたまにはいいけど。
こどもたちにとって、遊ぶ仲間は、数いればいいってわけじゃなくて
こどもたちの発達段階において、自分たちで秩序が守られる程度の人数であるか
或いは、一緒に遊ぶ大人(異年齢の人)がいて、あるべきルールを示してくれる状態であるか
今は、そういう秩序が守られた中で、楽しく遊び、遊びながら学んでほしいなと思うのです。

少なくともさんぽには。

遊びの中まで、親が入ってくるのは過保護すぎる・・・という考え方もあると思うけれど、
そうやって、友達とのかかわり方や秩序のつくり方を、覚えていきながら
やがて、自分だけでそれができるようになる その日まで(おそらくその日は近い)
親が丁寧に見守ってあげることは、間違いっていないんじゃないかな。


それが、大きく成長した時に、いじめや安易な暴力をなくす力になるのではないかな
そんな風に感じます。

その日、さんぽが泣いたのは2回。
いずれも、私が一緒に遊んでいなかった時です。
私も、様子をみながら、そっと場所を離れたりして、四六時中一緒に遊んでたわけではないので。
でも、ある程度、ルールをつくっておいてのトラブルなので
さんぽも後に引きずるほどの、負の経験をしたわけではなく、気持ちを切り換え
帰ってきたときに、「楽しかった」と答えていました。

こういう経験の積み重ねが、大切なんじゃないかなと思いました。



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ブーム到来!「写し絵」

ブームのお知らせです~ぷぷ

さんぽは、年に数回、ブームが到来して、没頭する活動があります。

去年(度)は記憶も新しい、「ぬりえ」と「コマ」

その没頭ぶりは、以前記事にしましたよね!記事はこちら→
5歳のブームは ぬりえです

挑戦という気持ちの芽生え


没頭すると、あけてもくれても、それに夢中・・・。
どうしてそこまで・・・っていう理解できないゾーンですが、
何か脳内のスイッチが入って、そういう状態に突入したその期間中に、
苦手だったものが急にできるようになることが多いので、ちょっとワクワク!!


今年もやってきましたよお~。

さんぽが、ここ5日ほど、夢中になって向かっているのは
じゃじゃ~~~~ん
「トレーシングペーパーによる写し絵」

何だか突然、さんぽが
「前、薄い紙で、絵をうつしたよね。あれをやりたい。図鑑の虫をうつしてかきたい。」・・・??

前・・・っていうのは、これも通院記録で記事にしましたが不器用さん講座~その1「絵をかく」

、1年半前のこと(さすがの記憶力

医師に、絵をかきたがらないさんぽについて相談した時、アドバイスをもらったのです。
「像を見通せる」状態でかかせるという技法に、「トレーシングペーパーによる写し絵がある」と。
私のことですから、すぐ購入してやらせてみました。
確かに普通の絵をかかせるよりは、意欲的だったものの、
まだ、鉛筆の持ち方や、筆圧、手首の力加減など、それ以前の課題が多すぎて
結局、活動の満足感を得るまでに至らず、
トレーシングペーパーは棚の中に静かにお眠りに・・・。

何をきっかけに、それを思い出したのかは不明なのですが、探し出したトレーシングペーパーを、早速図鑑にのせてかきだすさんぽ。

はじめは・・・・あらら、さんぽらしいわっ汗;
カブトムシの角をかいて、足を6本かいて、目をつけたして・・・・・おわりっかいっ!!
肝心の体全体がなかったりする、パーツ的なものが続出。
でも、後になって、さんぽ自身で、その欠けた部分にきづくんですよね。
で、書き足す。
すると、リアルな虫の像が浮き上がってくる。
うひょ~、すげえじゃん、オレ    みたいな?

「メスもかくぞー。この触覚のながーい虫もかいてみるよ。こんな小さなバッタもかけちゃったよ。この蝶は一枚じゃかきたらないし・・・。」
次々と休むことなく、図鑑をめくってはトレーシングペーパーに向かうさんぽ。

軽くてふわふわするトレーシングペーパーは、部屋中に飛び、ぬりえブーム再来の売れっ子の漫画家の部屋(見たことはない)みたいになっていく・・・。

3日で図鑑の目立つ虫はほとんど写し終えてしまいました・・・ハハハ。
トレーシングペーパーをきれいに製本すれば、さんぽ作の新しい図鑑ができる勢いです。

「次は、何うつそうかなあ・・・?」
まだまだ、熱の冷めないさんぽに、ふとひらめいて、ちょっと(意図ある)提案しました。

「戦隊ものはどう?さんぽには難しすぎるかなあ。」

実は、さんぽは、教育センターの心理士さんからも、視機能検査をしてくれた方にも、「人の体のボディイメージがまだできていない。」と言われていたので、
「人物」をかくことで、イメージがつながっていかないかと思ったのです。

「簡単だしぃ~、じゃあやってみるから見てて。」
まんまと母にのせられたさんぽは、戦隊の図鑑(そんなのもあるのです。)を取り出してかきだしました。

しかし、やっぱり・・・いっちゃあなんですが、予想以上に変!!
客観的なイメージができていないために、足りないものが多すぎ。
しかも、虫と違って、さんぽの中で、何がかけてるか、いまいちピンとこないらしい・・・。

おいおいっ汗;、キミって、人は虫以上にイメージないのね・・・人なんだけどねぇ。
でも、なんとなく、さんぽらしくて笑えます。

ここは私の出番。
ほら「ベルト」をうつすと、体と足が分かれてかっこよくなるよ。
あごのラインをかくと、おばけっぽくなくなるでしょ。
ちょっとポイントを一声かけると、満足のいく「戦隊レンジャーたち」がかきあげられる。

さんぽも自信をつけ、歴代の戦隊ものを、こりゃまた飽きることなくかきだして3日です。

今日になって、ついに、その戦隊ものの人の体に、かかとから下が表れました。
それまでは、トレーシングペーパーで写していても、ぬいぐるみのような足でしたから・・・。
まだ、手はぬいぐるみなんですけどね。

教育センターの人には、「足のイメージはあるけれど、手はまだない」と言われましたが
こうなると、確かに納得できる話です。

でも、このままブームが続けば、人の手のひらのイメージもできてくるかもしれません。
やや期待大かしら。

かくたびに、ちょっとずつ修正されていく、欠けていた人の像
何だか、さんぽの中の脳内革命の様子を、リアルでみている気がしてきます。

さんぽは、ただただ夢中で、生き生きとトレーシングペーパーに向かい続けています。
脳内にスイッチが入ってようと、革命が起こってようと、関係なく
どこか湧き上がる「かきたい」という思い一心で、自ら成長していく。

視機能トレーニングや療育、さまざまな取り組みが
研究し尽くされたものを、こちらからいくらあたえても

こういう、体が持つわきあがる想いや、自然の成長する力には、絶対かなわないよな・・・!!!!

さんぽが教えてくれます。


ブームはいつまで続くかな?

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