ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

「の」の字の手紙に想う

明日から ボランティアを再開しようと思います。
出産で6ヶ月間 休んでいました。
この活動は さんぽの出産前から始めていて かれこれ4年半になります。

内容は入所型の知的障害者更生施設での音楽指導です。

知的障害を持つ 音楽が好きなメンバーが 集まったクラブ活動です。
「好き」な想いは 大いなる力を発揮します。
4年で 音だけでは 知的障害があるとは気がつかないところまで
技量が高まってきました。
ちょっとした 自慢のグループです。

私は音楽でしか 一緒に時間を過ごさないので 
メンバーの普段の生活能力は知りません。
でも 生活能力だけを知っている先生が 発表をきいて
ひっくり返りそうになった なんて聞いたこともあります(おおげさ)。

メンバーは 7割が私の母の年齢です。
半分以上のひとに おそらく自閉が合併しています。
さまざまな 強烈な個性を持つメンバーが 生き生きと生活している
パワーあふれた場所です。
ここで 私が 学んだことは多く また考えさせられる社会的な問題も 数え切れません。

一回の記事では書ききれないのでまた記事にします。
でも 今日 記事にしたかったことがひとつ。

私の出産の報告を聞いて 私はメンバーのAさんから お手紙をもらいました。
音楽クラブのメンバーでは リーダー的な存在の女の方です。

手紙を開くと 名前 そして便箋3枚にわたる 「の」の字
書きたいことがたくさんあったのでしょう。
「出産おめでとうございます」だったかもしれません。
3枚もの紙に 書き綴られた「の」の連続
机に向かい何か言葉にしながら たくさんの「の」を書く姿を
思い浮かべると 体がじ~んと鳴ります。

支援の先生が言っていたことを思い出します。

「ここには 教育制度の犠牲者がたくさんいるんです。
Aさんは教育を受けていれば相当な力を発揮していたはずです。
でも字さえ おしえてもらえなかったんです。
障害者の人は 教育制度で公然と差別を受けていた時代でしたから。」

養護学校教育の義務化が実施されたのが昭和54年
それより前は 受けなくても自由という放任制度のもと
たくさんの 障害をもった子ども達が 受けるべき教育を受けることができなかった。

きっと正しい形で受けていたら 知識や表現方法を習得し
もっとたくさんの権利と豊かな生活を得ていただろう。
もっともっと 広がった未来を見つけただろう。

その頃の制度を 今 批判することは簡単です。
義務化が当然の今  
そこまでの理解を広げるために
どれだけの いろいろな方々の忍耐と努力があったか 想像もつきません。


さんぽの「発達障害」も 同じ道を歩んでいます。
「自閉症」を持った人への間違った情報や偏見でさらされていた時代をこえ
「発達障害」としての理解の「種」が やっと 本当にやっと
社会や学校で 配られるようになった。
でも いろいろなブログを読んでいると
まだまだ・・・・。
配られただけで おきっぱなしの学校や 
 まいたものの 水もやっていないところ
   咲く花は知っていても その種の育て方は知らない社会

   その犠牲(なんて悲しい言葉)になっているの 子どもたち
      できるだけ早く 少しでも早く 一人でも多く

        みなが理解し 正しい支援が得られるように
         生きやすくしてあげられるように   
 
このブログ村で 公開される 発達障害を持って生きている方々や
たくさんのお母さんたちの想いは(自分の想いも)

きっと 無駄にはならない
 
いつか きっと その花の美しさを理解し 育て方を知っている社会は くる 

そう信じていたい


そんな想いを胸に 明日は 久々に グループの方々に会ってきます。

みなさん にこにこ笑顔いっぱいで すばらしい太鼓の音を響かせるでしょう。 







    
      

テーマ:障害児教育 - ジャンル:福祉・ボランティア

歌=幼い頃 培われた力

今日は、さんぽの話題では ありません。
ボランティアでの出来事について 少し語りたいと思います。

私は さんぽの生まれる前から 縁あって 
知的障害者の厚生施設で 音楽指導の ボランティアを 週1でしています。
(以前の記事はこちら→

「の」の字の手紙に想う



ボランティアをしていて 早 片手の指の年月がたちました。
その施設は、市が主催なので 春は毎年 異動があります。
住み込み型の施設なので 仕事は激務。
何年かすれば 希望を出して 役場や図書館などに 異動することが多いようです。

「私は現場主義で 希望はださないので 異動はしばらくありません。」 
私がボランティアを始める前から 音楽を担当していた職員は そのA先生一人になりました。

 
今日の記事は そのA先生が 10年間ほど担当していた Kさんについてです。

A先生が ずっと担当していた Kさんは
漢字が読めたり 会話ができたり 音感がよかったり さまざまな能力の持ち主。
でもその反面、調子が悪くなると こだわりが強くなって周囲に影響がでてしまったり
身辺自立の方まで支障が出てしまったり、極端です。
また、能力が高い分、言葉でゆずらなかったり、高度なわがままを言ったりするので
ほかの職員の方だと うまくいかず トラブルになりかけることもありました。

A先生は、Kさんに対応が とても上手。
A先生とKさんの 会話は 天然ボケと天然つっこみ の 漫才のようで
聞いていると 陽気な気持ちになりました。
職員の立場からすると、問題がいっぱいありがちな Kさん。
でもA先生は Kさんののいいところを たくさんたくさん知っていて、
すごく認めていることが よく伝わってきました。

でも 私も少しだけ わかるんです。
Kさんの 障害も 今までの経過も いまだに症状が進行している原因も
生活の上での様々な難しい面は 何も知らない ボランティアの私ですが
音楽の時間でしか 会わないからこそ 偏見無しに 見つけれることってあります。   

Kさんは、とても音楽が好きで その歌の音程やリズムが とても正確なんです。
もし 一般の中に入っても その能力は 相当発揮されることでしょう。
童謡から、演歌から、流行った歌謡曲まで、次々ととまらないくらい歌ってくれます。

歌のうまい下手・・・つまり音程やリズムのその正確さは 
持って生まれた才能に作用されることは、当然ありますが
「音程のよさ」に関しては、後天的な要素が強いといわれています。
聴覚や音感が できあがる3歳までに どれだけたくさん 人と歌いあったか
また、からだを接触した中での歌を体験したか
例えば・・・母の背中の子守唄で・・・
例えば・・・手をつなぎ輪になって「あ~ぶくたった」で遊びながら・・・
親が音痴かどうかは、あまり関係なく、その経験が多くあったかなかったかによる
という説が主流だときいています。 

Kさんの 知っている たくさんの すばらしい歌
それは、Kさんの能力の高さはもちろん、
おそらく 親から たくさんの歌を歌ってもらった
幼い頃の あたたかい環境を 物語っているように思います。
  
たくさんの問題を抱えたKさんですが どこか憎めなくて 陽気な雰囲気に包まれているのも
Kさんの 幼い頃の環境に つながっているように思わざるを得ません。

ちなみにKさん 私を見ると(どの女の人にも言うのですが)
「あんた・・・びっじんだなあ。ほんと きれいだわ。」と言ってくれます。
そして 太鼓を打ちながら 鏡を見て
「本当に Kさん(自分のこと) かっこいいわ。」と満足そうに言います。
鏡があると 自分の姿にうっとり見とれてしまうので 練習中は 鏡をはずすほどです。
自分のことが 大好きなんです。 
素敵ですよね。

今年度の春、Kさんにとって とても大きな出来事がありました。
A先生の異動。
現場主義の先生は、十分ここで貢献し、新たな現場へ異動していきました。

Kさんは・・・・
Kさんは 音楽の時間に こなくなりました。
部屋からでず、着替えもせず、排泄もままならないまま、転がっているとききました。
たとえ 顔を出すことはできても
Kさんからは 陽気なオーラが すっかり消え ごろんと床に横たわっていました。
支えていたものがすっかりなくなって 倒れた木のように。

寮型の施設・・・長くともに暮らしたA先生との別れは 
親との別れに 匹敵するものかもしれません。

Kさんが どんな環境の下 ここに今いるのかは 私にはわかりません。
でも、その人生が 決して 気楽なものじゃなかったことは 容易に想像できる。
持って生まれた重い障害、そして進行性の症状・・・担当の方との幾度の別れ
もう50も過ぎた 長い年月に まだまだ 試練は続くのです。

神様は 厳しすぎでは ないですか。
Kさんの姿に そう思わざるを得ませんでした。



Kさんの姿を 見ることができなくなって、
見ても 朽ちたような姿ばかりになって 丸2ヶ月

この前 久々に 笑顔のKさんに 会いました。
「今日は 調子いいわ~」といいながら リズムよく のりのりで太鼓を打っていました。

元気になったのには いろいろ理由があって、簡単に原因が見つかるものではないようです。
A先生の異動を受け入れることができたのも もちろんでしょうが
薬の種類のことや 周期性なども関係があるようです。

でも 私は思うのです。 
何より Kさんには 歌があって
その歌は 幼い頃の優しい思い出や 自分を大切にしてもらった時代を 象徴している・・・
私は それが大きいように 感じるのです。
それが 神様の意地悪も 何のそのと のりこえていける力になっている気がするのです。

Kさんは 歌います
   う~さぎ うさぎ なにみて はねる~・・・・

音程よく 歌うその声に 私は 思わずききほれてしまいました。

幼い頃の Kさんが 
家族に囲まれて お月様を見ながら にこにこ笑う姿が
            
目に浮かんできました。





     

テーマ:自分に力をくれるもの - ジャンル:音楽

今、必要な経験

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人の愛の形

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