ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

かなわない存在

さんぽが 病気と聞いて 駆けつけてくれた おばあちゃん→私の母です。
おばあちゃんの声を聞くや否や とびおきたさんぽは 
テンション最上級で おしゃべりがとまりませんでした
熱 38度6分・・・。やれやれ おばあちゃんの存在は、さんぽの熱にも 負けません。  

さんぽは おばあちゃんが大好きなんです。
 
さんぽが パニック続出だった2歳頃
パニックをおさめるのに すぐに使った手 「おばあちゃんちに行く?」

そう 何度助けてもらったでしょう。
さんぽの今までの発達と成長に おばあちゃんの存在はかかせません。

いつだって 半ば半分 パニックが残ったまま 突然くる さんぽに

「よくきたね。さあ おばあちゃんと いつものところに行こう。」
そのまま 二人は いつも同じ公園へ行き 暗くなるまで 帰ってこなかった。

帰ってくる時は さんぽはおばあちゃんの背中・・・。
「さんちゃんは~ いいこです~ さんちゃんは~ おりこうさん~
繰り返し 繰り返し 
いいこだね~ おりこうさん~ と唄う 優しい声に 幸せそうに目を閉じて 
背中にもたれかかって寝息をたてている。 

私の母・・・おばあちゃんは元保育士 (といっても結婚する前に4年ほどだけですが)
こどもへの接し方には 私より強い ポリシーがあって
ずっと かたくなに その態度を 守り続けています。

「子どもにしかることなんて何もない。
         子どものやることを全部受け止めてあげればいい」 

おばあちゃんは さんぽの障害を 知りません。
いや・・・・ もしかしたら 何かを感じているかもしれません。
でも 感じていようと感じていないだろうと その態度は おそらく同じ。
どんなに対応を勉強しても 私は かなわない・・・・ 
私にはできないことを 自然体で やってのける母。

本当は 幼児相談で 初めて指摘された時 私は 自分だけで抱えきれず 
「疑いがあるといわれた」ことを すぐ 母に話しました。
「そう?よくわからないけど?私はおばあちゃんだし、さんちゃん好きだから 関係ないわ。」
と あっさり・・・。その後も そのことについて ふれることはありません。

でも、私以上に ありのままのさんぽを 全部受け入れ 
さんぽのやりたいことを 一切否定せず 好きなだけやらしてくれる おばあちゃん。
そこには、私が「こう対応して欲しい」と望むことは ほとんどなく
おばあちゃんと一緒にいるさんぽは きまって安定していました。
私は 安心して さんぽを任せていました。

そんなおばあちゃんとさんぽの関係
記録しておきたいエピソードがあります。 

ある日 いつもの公園から帰ってきて おんぶしたさんぽを布団で寝かせながら
おばあちゃんが 喜んだ目で 言いました。
「さんちゃん 卒業したのよ。今までのコース。」

その頃のさんぽは 公園に行ったら
まず 延々と視覚遊び(ブランコの柵にそって ひたすら走る)や 延々と ブランコ  
終了させるのも大変だし 次の遊びに誘うのも 一苦労でした。

なのに 必ず さんぽと二人で 公園に行く母
いったい どう過ごしてるのか 想像もつきませんでした。
問いただしても 母は
「いつもと同じ。とっても おりこうだったわよ。ね、さんちゃん。」

でも その日 やっとわかったのです。
おばあちゃんは 公園に行っても いつもと同じ態度だっただけ。 

「ありのままのさんぽが ありのまま すきなだけ」 

いつもの公園
いくと 最初にブランコ 好きなだけ
次は 砂場 砂場のへりを さんぽが先頭でおばあちゃんが後ろで 電車ごっこ 好きなだけ
次は 休憩所で ぐるぐる回る 好きなだけ
そしたら 隣の広場で 階段を一緒に並んで のぼっておりて 好きなだけ
そのうち 「おんぶ」せがんでくるから 帰宅

このコース 遊具で遊ばない さんぽが決めたこのコースを
半年間  
おばあちゃんは ひたすら 付き合っていたようなのです。 
活動をやめるのも 次の活動に移るのも さんぽ次第
私の時のように 活動を制したり 管理したりすることはしない。 
さんぽは ありのままの自分で 本当の自由を得る時間だったに違いありません。 

「でも コースが変わったの。あのコースは 満足したのよ。卒業ね。」

コースは さんぽのこだわり。それ以外のことは したくなかったんでしょう。
でも 半年間 さんざん 好きなだけ 思う存分 こだわりに付き合ってもらって 
十分満ち足りた時、
さんぽは 次の階段の一歩を 自分から踏み出したんですね。
まさに 自ら成長した 瞬間 
さんぽが 卒業を選んだということ。   

私には できなかった・・・。
延々と続く 視覚遊びに 延々と付き合うことは 怖かった。
さんぽは 活動を終了ができないから 教えてあげなければ と手だてを探った。
それは さんぽの社会性のスキルを身につけさせるために必要だと 思っていた
でも 本当は・・・私の都合じゃなかったか?純粋にさんぽのためだけだったか?       

さんぽは さんぽのままでありえるために おばあちゃんとの時間が 必要だったに違いない。

ありのまま 好きなだけ

何度も何度も同じ活動を 繰り返しながら いつか さんぽの中で FULLになる
それを にっこりと笑って 待ち続ける時間 
待ってくれる人の存在
それは おばあちゃんだったのではないかと・・・。

さんぽのありのままを 前面に受け入れてくれる場所があって 初めて
私とさんぽの関係は つくられていたんではないかと 思います。

おばあちゃんとの公園のコース 
新しくなってからは 短期間で次々コースが変わるようになり
視覚遊びをしなくなり たくさんの遊具を選ぶようになり
次第に さんぽは コースを決めずに 公園に行くようになったようです。

時を同じくして 
さんぽは 心も体も全面的に委ねていた おばあちゃんに
自立心を むき出しにするようになりました。
さんぽの 反抗期は まず 対おばあちゃんから 始まったのです。

心を安定させる方法は おばあちゃんのおんぶではなくなりました。
おばあちゃんとの公園より お友達との公園を 楽しむようになりました 
ついに さんぽは
甘くて優しいおばあちゃんとの時間との 卒業も 迎えました。 

自然な・・・ 成長の証です。

でも・・・ そこに 大切な土台があった
私にはなかった ありのままを 何も恐れず 愛で包み込む両手
さんぽは その両手に 満足するまで抱かれて  
次のステップに 進むことができたのだと思います。

おばあちゃんがあって さんぽの今がある。

私は 母には 全くかなわないのです。
そして 母に育てられて 私は 幸せだった・・・・と つくづく思います。



ただ・・・
姑だったとしたら これだけ大きい存在は ちょっとどうでしょう??
(ポリシーの強さは 私の子育てにも 何かと一言あったような・・・。)
(それが 結構正しいだけに 打ちのめされたような・・・。)

ふぅ・・・・本当に 母でよかった・・・・。   

テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

もう少し もう少し

さんぽ 熱から やっと復活 丸一週間かかりました。

一時は 熱の上下の差に もしや入院・・・?とまで思いました。
朝になると ほとんど平熱まで戻り 遊びだすのに 
昼になると39度近くまであがってぐったり 
つらいよ~頭痛いよ~ としくしく泣くのを 見てると 体が締め付けられそうでした。

朝は(今日こそもう大丈夫か・・・)と期待して 
昼になると(どうして・・・?またあがってきた・・・何の病気?)とあせりと不安・・・の繰り返し
医者にいっても原因がはっきりせず「今日でピークは過ぎたでしょう」と言われてほっとしても
家に帰って 以前と変わらない高熱と頭痛 体のだるさ
全然よくなっているとは思えない 状態に
私 精神的に 結構 参りました。
(さんぽも 私以上だったろうな・・・。)

症状のピークはすぎたと感じてからも おしっこの感覚がなくなったり
太陽に少しあたると 一時的に 体温があがって 顔色が青くなったりと 後遺症 

心配で 心配で・・・ブログはおろか 家事全般 何も手につきませんでした。
ただただ さんぽを見て 心配してるうちに 時が過ぎていきました。 
  
あまり食べずに 寝てばかりいた 一週間で さんぽも体力が消耗
おそらくストレスで アトピーまで悪化したため 
今も 半日登園で 元の生活に慣らしています 

でも・・・最近は 日がたつごとに 元気になってきて
2LDKには、でかすぎる歌声も 耳に心地いいです。

かわりに・・・
ひだまりが ぶっ倒れていて・・・ふぅふぅいってます。
さんぽの症状とは違うので、おそらく さんぽを連れて行った病院で 拾ったんだろうな。
あの時 病院では 熱さまシートだらけの 20キロのさんぽをおんぶしながら ひだまりを抱っこ 
偶然 見かけてしまったヒトは 相当 釘付けだったと思いますが
その人にも ひだまりにも かまっていられませんでした。

ひだまりも 発熱してから 長くて もう5日目なんです。
初めこそ 熱があっても元気だったのですが
だんだん 症状が悪くなっている気さえします。
ひだまりの場合は 明らかに風邪の症状が出ているので 安心してましたが。

今日も やっと少し食べたと思ったら 嘔吐・・・。
やっと自分で立てるようになって 何度もたったり座ったりを自慢げに見せてたのに
表情もうつろに ごろごろ寝返りばかりしているのを見ていると
また 新たに心配になって 心 落ち着きません。 

とにかく 早く 熱が下がることを 願うばかりです。


今日は ぐずるひだまりを寝かしつけて 眠れなくなり
久しぶりに ブログを開けて びっくり

更新していないのに 共感クリックを 何人かの方が 押して下さっていて  
優しいコメントも・・・ 読ませていただきました。

PCの前で ふと
顔もしらないさんぽのことを 
私の気持ちを 
気にかけてくれている人がいる・・・。

一人じゃないんだなあ・・・私

何だか 改めて とても 大きな力をもらいました。

ありがとうございます!!   


みなさんのブログにも なかなかおじゃまできないままで 本当にごめんなさい。

もうちょっと・・・の辛抱だと 思ってます。



朝が白んできましたが 心穏やか 少し眠れそうです。 
皆さんに感謝して・・・!! 

   

テーマ:病気 - ジャンル:育児

熱中症

さんぽ 今 高熱が続いています。
軽い熱中症から 後を引きずってしまっている状態だそうです。

猛烈な暑さの日曜日
同じ保育園の 仲良し友達7組で ディキャンプ

実は さんぽは デイキャンプは おてのものなんです。
私たち 山登り大好き夫婦 まだ 山に登ることはできないけど せめてキャンプと
そりゃあもう デイキャンプは しょっちゅう。
キャンプの用意なんて いつでもいけるように 車に常備

そういう 慣れが 今のさんぽの状態を ひきおこしてしまいました・・・。

お友達と一緒にするのは 初めてだったのに・・・。

もっと 注意深く さんぽを見てあげるべきだったのに・・・。

気づいてあげられませんでした。

最初こそ 思ったとおり 一人行動
7人も仲良し友達が いるのに
いつもの公園なら 即効 友達との遊びが始まるのに
一人で あさっての方向に 固い顔をして 歩き出すさんぽ。

「ああ さんぽ やっぱり 困っているなあ」
開始からしばらくは ポイントの支援時間ですから! 
母は いつものメンバーで(もちろん さんぽ・私・ひだまり) 森の探検に 誘いました。
でも 少しずつ 友達が 「何やってるの~。」と来てからは
さんぽも 笑顔が 本物に。

ザリガニ釣りに行ったり 虫を探したり
水遊びを 楽しんだり ボールを投げあったり
キャーキャー  あはははは  こっちこっち~なんて・・・。 

こうなると もう 子どもの世界 
親の出番はありません。
キラキラして見える 子どもの世界
眺めながら 親同士で コーヒーをするのも 友達とディキャンプする 醍醐味です。

でも・・・よくよく考えてみると
ほかの子たちは 時々 お母さんのところに 戻ってくるんです。
拠点があるんですね。
「お茶ちょーダイ」「暑いよ~疲れたよ~」「何か食べ物なぁい?」
そうやって 親のいるところを 時折確認したり 自分の状態を説明しに来ては また飛んでいく。
その時に 何気なく親は声をかけます。
「水飲んできなよ。」「これ、ちょっと食べたら?」「一回日陰でゆっくりしてきなよ。」

さんぽは わかっているはずのことですが・・・戻ってこないのです。

暑かったら勝手に服を脱ぐし、トイレに行きたくなったら 近くのトイレまで走ることはする。
でも・・・自分の状態を あえて親に説明するために 私のところへ戻ってはこないのです。

普段なら 私がさんぽについて回るので さんぽの状態を把握しています。
保育園なら 時間設定がはっきりしていて 平等に 休憩の時間が与えられます。
でも こういう日 
さんぽが お友達と 自由に 時間を費やせる日
夢中になっているさんぽは 自分を休ませることも 水分を取ることも しません。
そんなさんぽの健康状態を守るのは 私しかいなかった。

・・・私が ちゃんと さんぽに声をかけて 
休憩の時間と 水分補給の時間を 確保するべきだったのです。
楽しい刺激に夢中になると時の感覚がなくなるさんぽに 適度に 声をかけ 適度に 誘導する
そんな 当たり前の 基本のことを 私は 忘れてしまいました。

本当に・・・私って 全然わかっていない。
情けないです。

さんぽに「もうすぐ終わりだから 着替えよう」と声をかけたときには
くたくたで 体温があがっていて 動悸も呼吸も激しい さんぽが まだ朦朧と遊んでいました。
あまりの様子に 体が震えました。

その後のことは 何が何だか 覚えていません。
とりあえず病院・・・。

その場での 熱中症は 軽度で済んだようですが
そこから 体調を崩した さんぽは いまだに 体のだるさに苦しんでします。

ああ・・・どうして もっと早く気づいてあげられなかったのか
どうして 友達といる時の さんぽの状態を こちらが予測してあげられなかったのか
ずっと悔やまれます。
さんぽのだるそうな顔を見ているのが つらいです。

どうか 早くさんぽの体調が 戻りますように。         

テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

ありがとうございました

前回の記事に関して コメントの数々 ありがとうございました。
一人ひとりではなく ここで お返事することを お許しください。

もし 前回の記事に関して 読んで 不快な気持ちになった方がいられたのなら
本当にごめんなさい。
さまざまな立場や 考え方の持ち主が 読もうとしなくても 目にとめてしまうことがある
個人的な ブログの発信での 発言
個人的な感情を 自分の中で整理するために 記事を書くなら
やはり非公開にする方法を とる選択もあったかもしれないな・・・と思います。
正直言えば、記事にして 気持ちを言葉にしたら 目的は果たせるので
かいた時 その後の記事の削除も 念頭にしていました。

でも、いただいたコメントを読んで 記事の削除は とてもできませんでした。
考え方やとらえ方の違いは 当然です。
どの考え方も 間違っていなく 正しい と思います。
そして こんな 私の本当に個人的な想いに 何か一言を・・・とコメントを残していただいたこと
本当に 感謝しています。 

ずっと・・・
自分の中で ずっと もやもやしていた想い 

誰かに言ってはいけない いうべきではない
でも そのうち 自分の中で 処理できずに 過去がへばりついてしまった
きっと そこに大事な大切な思い出もたくさんあったのに 隠れてしまった。

決して 口に出すべきことではない・・・とわかっていながら 
どうしても 言葉にして整理しないと 
自分の中で おかしな形で膨れて 終わることができない。  

言葉にしたことは 後悔していません

みなさんの コメントをいただいて やっと私の中で 終われそうな気がします。


自分の中にあった あの会への 気持ちが
間違いなく大好きだった ヨガの仲間への想いが 
どうして ここまでゆがんでしまったのか わかった気がします。

そうなんです。
私は あの仲間が とても好きだったのです。
だからこそ いろいろあっても 4年間も ずっと 会に参加したんだ。
闇さえおいやれば 素敵な思い出が 広がっていたんだ。

だからこそ・・・・とてもとても 悲しかった。 

何が・・・・? その会での ほんの小さな出来事 ささいな対応 ささいな言葉 

そして 何より そのことを 正直に 気軽にいいあえる関係を つくれなかったこと

どうしてつくれなかった・・・・?
自分の中の 嫉妬?ねたみ?さんぽを受容できない想い?
そうですね。そういうのも 全部 ひっくるめてかもしれません。

 

もう 自分の中で 終わりました。

みなさんのコメント 大事にします。

ありがとうございました。      

テーマ:障害児と生きる毎日。 - ジャンル:育児

差別

少し 後ろ向きな 記事ですが、ブログに いつか 書いて 
すっきりしたい と思ってました。

・・・自分の中で 心にひっかかった 一つの言葉

それが 時折 ふと記憶の中の 写真に漂う一匹のハエのように
とてもうっとうしくて 目障りで
記事にすることで 外へ追いやれないかな と思っています。


  
さんぽがお腹にいた頃 私は産婦人科で ヨガ教室に通っていました。
ヨガの最後に あぐらを組み 目を閉じ 気持ちをお腹に集中させて
生まれてくる小さな命を 想像する時間が 私は好きでした。
何ともいえない絶頂の幸せ

その教室には 予定日を同じ時期にひかえた ママたちがいて
お互い顔しか知らないけれど 同じヨガパワーを浴びた 
同じ境地にたつ 幸せの連帯感を 感じあっていました。      

これも 運命の出会い
回数を重ねるにつれ 互いを知っていくと
似たような年齢であり 似たような境遇であり 似たような心境であり・・・
自然に惹かれて 話がはずむようになりました。

同じ高齢で 初出産であるということは、それなりに仕事をしてきたキャリアの持ち主で
仕事一筋だったゆえ 地域に 長年仲良くしてきたような ママ友がいないこと
また、その歳まで出産できなかった理由が それぞれあったことが共通点でした。

意気投合

互いに 互いの出産を 心から喜び 定期的に 集まるようになったのも自然の流れでした。

初めての子育て

わが子が 同じ月齢であるため 悩みも同じです。

それぞれ 近くに 相談できるママ友もいなかった 5組の仲間同士は 
互いに会うと 楽しくて おしゃべりで 時間はあっという間に過ぎていきました。    
元看護士だったり、元歯科技師だったり、保険外交員だったり・・・
どことなく セレブ的でリッチで しっかり者のママたち
私には 少し背伸びした感じでしたが 教員つながりしかなかった私には とても新鮮でした。  

その中で 帰省して出産した 歯科技師のママの子どもは ダウン症でした。
生まれてきてから わかりました。
歯科技師のママは 受容はできていて 毅然としていました。

話を聞いたとき 一瞬戸惑って 仲間の顔をうかがいました。
まだ 気心知れたとはいえないメンバー こういうことに理解のないヒトが いたら・・・

それは 失礼な心配でした。

歯科技師のママを 傷つけるような発言一つでることはなく 
それなりの 知識と 理解と 人間性のある 仲間であることを 確認しました。     

次は 私の番でした。
      
1歳6ヶ月 障害の疑い
生まれた時から 定期的に会っていた仲間
さんぽの成長を ともに喜び 徐々に現れる個性を あたたかく見守ってきた 仲間
仲間の中にダウン症があろうとなかろうと 当然に普通に接し合える 仲間 
障害の疑いを 告知することに 迷いはありませんでした。

誰もが 驚きましたが 思った通り 受け入れてもらえたと感じました。
意外にも もともと それなりの知識もあり 説明にも時間がかかりませんでした。
理解のある 声かけをしてもらえました。

でも、さんぽは徐々に 障害の特徴が明確に現れてきて
順調に発達していく 仲間の子どもたちと 行動に差が出てきました。

一緒にいても トラブル パニック 一人遊び
だんだん ほかのメンバーは 親同士のおしゃべりに没頭し、
子どものやり取りに任せるようになるにつれ
逆に 私は トラブル回避のため さんぽから目が離せない状態になっていきました。
ダウン症の親子は、一足先に 療育が始まり、こなくなったことが 追い討ちになりました。

少しずつ 少しずつ 空回りをはじめた ヨガの仲間
仲間の定期的な集まりを 言い出したのは 私
それだけに・・・・
また  
告知した仲間から さんぽの障害を理解する言葉を もらっただけに
集まり会に 参加すること自体が つらいとは いえなかった 

でも 正直 行くのが たまらなかった。

さんぽは  ヨガ仲間と会うときは なぜか とても調子が悪く
普段より 一層 パニックや トラブルが続出しました。

ほかの仲間と会うときにはない 終わった後に残る 悲しくてたまらない気持ち 
この仲間と さんぽが かみ合ってないのを うすうす感じていました。


それでも・・・

理解ある言葉を 発してくれた この仲間たち 
お腹にいる頃から 成長を ともに喜び合った 仲間たち

さんぽや私が ここでうまく適応していくべきなのだと 思い込んでいた。

そして その思いは かわらぬまま 入園を4月に迎える 時期まで ヨガの会は続きました。
その中の2人は お受験校(園)にも合格し
それぞれ園の違う仲間 もう定期的に会うことは 難しくなることは わかっていました。

ようやく この会から 解放させられる・・・・
3月 その会が 事実上 最後の日 
・・・・・正直 ほっとしている私がいました。
いろいろな思いはしたけれど、お腹にいた頃一緒に味わった 幸せの連帯感が
ずっと 貯金されていて 決して 悪い思い出には なっていませんでした。
あの 一言をきくまでは・・・。

その日 お受験園が決定している ママが 何気なく口にした言葉
その言葉が 今も 時折 頭を回ります。

「私の子は あの園(お受験園)で、ストレートに進学させる予定だから
 障害のある子と 一緒にかかわることは これからはないと思うの。
 だから この会で ダウン症の子や自閉症の子とかかわらせることができて
 とても いい経験を させることができたと思う」

障害の子とのかかわりは 健常児の子の 学びと経験のために やってきたことだと
3年間 ともに 互いの子の 成長を心から喜んできたと思っていた 私に
当たり前に 平然と 述べた。

「差別」
その言葉が すぐ目の前を よぎりました。

私たちは・・・差別されてきたんだ。ずっと。
おそらく 障害を話したときから ずっと

それなりの年齢と キャリアを持つ インテリ的な お母さんたち
障害への知識や 理解するべきことであるということは 頭で知っていて
障害を持つ 親子に かけるべき言葉や 行動も 知識上持っていて
だから 表面上 差別的な態度は 見せなかった。

でも 心は・・・・。

私たちとの関係は 平等ではなかった。

そこには 差別があった。  
私たちは健常児 あなたたちは障害児・・・。

敏感なさんぽは 私よりずっと感じていたのかもしれません。
表面上には でてこない 差別の 表情を。
差別の 対応を。 
差別の 心を
だからこそ いつも かみあわなかったんだと 今になれば わかります。

いつか 新聞で読んだことがあります。

ある著名人の娘さんが 障害を持っていて、
いわゆる 将来官僚になる子ども達のご用達の お受験保育園に 入園を問い合わせたところ    どこも 入園を拒否されたと言う話。

これから 社会を動かす立場になると予想される エリートの子ども達は
純粋な 健常児ばかりを集めた園と学校で 学び
障害児とかかわることなく そのある種 偏った集団が 普通だと思ったまま大人になる

そこで どんなに福祉を学んでも 知識を詰め込んでも
本当の意味で 福祉を知っている大人は育つのか 
そういう大人だらけの官僚が 本当に社会を動かせるのか
そんなことを 述べていたと思います。

その 現実。

こんな小さな枠の中でも はっきりとある。

差別の意識

健常児だけが エリートである意識


ヨガの仲間と あれ以来 会うことはありません。(歯科技師の親子とはずっと交流してますが)
会いたい・・・とも思いません。

でも・・・・それは おそらく 相手の仲間も 同じ。
懐かしい さんぽに 会いたいとは 思っていない。


なぜなら 
わが子の 福祉の学習の時間は 終わったから。
もうその経験は 必要ないから。     

テーマ:障害児と生きる毎日。 - ジャンル:育児

「食」における課題の多さ

食事って・・・毎日、しかも3回もあるのに かかわらず
結構 これが結構             
          課題多くないですか? くくぅ~

少し前の(3歳頃の) さんぽの食事の問題点 ききます?
 食卓の上に並べられた おもちゃを食事前に 片付けられない。
  食卓の高さが 横目遊びの 目の高さに 丁度いいらしいんですよね
  だから、さんぽは 食卓に気に入ったミニカーを いくつも並べておきたい。
  食卓は さながらミニカー品評会のように おもちゃがのっていて
  こだわりですから それを片付けることは 激しく泣いて拒みました。
  でも、片付けてくれないと こっちも お皿が並べられない・・・。毎回 格闘でした。  

 遊びから 食事へ切り替えられない
  一発目の「ご飯だよ」の声かけは いつも静かに 無視
  そして 待てど暮らせど 食事をしに来る様子はなく
  できたてのほかほかが冷えていくのが 待ちきれなくて、イライライライラ・・・。

 座った瞬時に 食べだす・・・・くずれた姿勢
  突然 スイッチが入ったかのように遊びを終えて 食べに来るさんぽ。
  姿勢を正さず 座ったと同時に食べだします
  椅子がずれていても そのままなおすことなく 遠く離れたお皿に手をのばしこぼす。 
  足を片方あげて 座ったのなら あげたまま 食べる・・・。

 協応しない左右の手  
  左手しか机には出てこない。 その一つの手だけで食べようとする。
  もう一つの手で お皿を持たないので お皿がずれ 
  さらに 箸やスプーンなどの道具を うまく使いこなせなくて 
  こぼす こぼす こぼす あたり一面 こぼす

 一口分が つかめない 
  口がぱんぱんになるまで入れ込んで おえ~っと 涙をためる
  飲み物は なくなるまで飲み続ける

 手先の 触覚の過敏
  手に ちょこっとついたご飯・・・汁・・・気になる気になる気になる さんぽ
  そして・・・服でぬぐいまくる・・・服は泥遊びでもしたかのような状態です。

 赤い食べものへの 不快感
  赤い食べ物が嫌いなさんぽ・・・
  いちご・とまと・スイカ・にんじん・ケチャップ色のごはんやスパゲティ などなど
  食わず嫌いで 口にしない。
  でも・・・緑でなくてせめてもの救い

書いているだけで 深いため息でますわ・・・・ はああああ~
 
食事って こんなに いろいろな社会的スキルの要素が つまっているですね。
その一つ一つが さんぽたちにとって またぐのが 簡単でないハードル 
本と 知りませんでした。   

ただ・・・それから1年半
課題は まだまだ山積みですが それなりに ちょこっとはクリアしつつあります
さんぽも 食事の課題が多い方だと思いますが 
まだまだ 食事中 ほっとできないお母さん方 一緒にがんばりましょうね・・・

ちなみに クリア例をあげますと。
の食卓のおもちゃは、逆に利用して成功。これは完全制覇です。

方法は 「おもちゃを片付けさせることはせず、並べ替えだけをさせる。」
ミニカーを さんぽの方に向く形に 並べ替えさせて 一緒に食事することにしたんです。
「ミニカーが さんぽのにんじん食べるところを 見たいって!」とかなんとかいって
さんぽの気持ちを こそぐっちゃっう。それで
「さんぽ君 すご~い。見せてくれてありがとう。バイバイ」と一つ減らし また減らし
食卓を すっきりさせていきました。
繰り返しているうちに 食卓には おもちゃがのらなくなりました。今も のってません。

食卓って 私たち母親にとって 商売道具の一つ
きれいなのって うれしいものですね。
今思うと あの時 おもちゃとお皿でごった返しの食卓 よく耐えたわ・・・私

 遊びからの切り替えは 食事のタイミングを こちらがはかるだけのこと。
ビデオが終わる頃にあわせて とか 時間であらかじめ決めておいて とか
やっぱり、食事は、家族みんな そろって 気持ちよく「いただきます」がおいしいですもんね。

は 現在進行形。
お皿の持ち手は 「お皿持ち手だし 特別強化週間」をつくり
食事中は 父も母も そこだけにしぼって 声かけ。
(ほかのことは ものすご~く気になるけど 口をふさいで言わない)
それなりに 効果はありましたが
過敏もあって、お皿を持つ指に 何かがつくことを怖がってか、
はたまた お皿を持つ 力具合が わからないのか
まだ、何だか ぎこちない、妙~な 力の入り具合・・・。

お皿に限らず 力の入れ方・・・って いまいち 感覚でわからないみたいですね。
おにぎりを持つ時のような 強すぎず弱すぎず・・・っていうのが特に。
その練習に「卵わり」 結構やらせています。
殻ごとぶちわっていましたが、随分上手になってきました。

の赤い食べ物・・・(なんで赤なんですかね~???誰かわかりますか??)
赤いもの 食べられるものが 増えてきました。

さんぽに 有効な方法は 「栄養素の話」でした。
「この食べ物は、体を冷やしてくれるから 暑い時に食べると体が楽になるよ。」
「まだ、風邪に強い食べ物を食べてないから ビタミンの豊富な この食べ物食べとこうよ。」
さんぽは こういう話に 食らいつきます。
おそらく 小学校5年生の家庭科でも いい線いけるのでは と思うほど
さんぽは4歳にて 「この食材の栄養は からだの何に役立つか」 知っています。

そういう理屈がわかると 嫌いなものやにおいの気になるものでも
口にすることが 可能であるようなんです。
ママが がんばって苦手な食材をわからないように料理するより
てっとりばやく 食べられるようになり 楽させてもらいました。


しかし
逆に・・・・さんぽにとって まだまだ残る 大きな課題が

の「姿勢」と の「過敏さからくる行動」です。

たった二つに見えますが、そうじゃない。
この二つは さんぽの根本的な 発達障害の特徴を 全部抱えているようなもので
まだ 先が見えそうにない お山です。

姿勢・・・・どんなに声をかけても その弊害を説明しても
或いは 片手に体重をかけた 見た目やる気のない感じだったり
或いは 背中を背もたれにかけた 往生際の悪い不良のような感じだったり・・・

これが 左右の手の協応がうまくいかなくて 片手でやろうとしているから・・・とか
口を近づける・お皿の近くに体を持っていくといった 距離感の感覚の鈍さとか
そういうことからおこっているとは 理解されるものではないことが 予想できます。
そして それが どういう結果をもたらしていくかも・・・。

食事に限らず これからの 課題になりそうです。 

また、過敏さからくる 「服でぬぐう」行動。
手を洗いに行くようにすると 食事と手洗いとの行き来が はげしすぎだし
気にしないようにさせるのは 到底無理。
でも、服でぬぐうのは 不潔な感じがするのは否めない。

鼻水もすぐ袖でぬぐってしまうことでも そうなんだけれど 「過敏」を強調するわりに
一般的に 不潔に見える行動を 平気でしてしまう面もある。
これも 正しい理解が得られない原因の一つに なりますよね。

さんぽの場合 臭覚過敏から 何でも「においをかぐ」くせもあって
そういうことが 私から見て気になるのも 同じ理由です。

さんぽにとって気になるのは 「触った感じ」や「におい」であって
服が汚れるとか ヒトに不快感を与えるとかは 直接痛手にならない。
今は まだ それで すんでしまうのですが
いずれ そういう自分の無意識で行う行動を 自制させる 或いは 
それに代わる何かを 見つけてあげる 必要が出てきます。

そのタイミングを 見極めて よい形で 消失・チェンジさせていくことは
すごく難しいことだな・・・と思います。

食事・・・本来は ヒトの欲求を 満たす場

でも ヒトとしての社会的なスキルを 他人に見せつけてしまう場になります。  

しかも 毎日 毎日・・・繰り返される。


繰り返しは よいことも悪いことも 強化してしまう。


本当に なかなか 手ごわい 相手です。              

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モンスターペアレントに思う

モンスターペアレント
この言葉 反応しちゃいますよね。
前回の記事の パパの発した「モンスターペアレント」で
心ざわつく方も 少なからずいたかと思います。

あくまでも 私の個人的な意見として 読んでください。

教員にとって 「モンスターペアレント」は 正直 恐ろしい存在です。
知り合いの先生の中にも 退職まで追い込まれた方、
精神的なノイローゼに至ってしまった方がいます。
私は 元教員なので 一般の見方は できません。
それを前提にした上で 「モンスターペアレント」という言葉で 連想する 
私のイメージは 「いじめ」 です。

教員に対する 「いじめ」 
 
実は パパも経験しています。
私から さんぽのことで先生に話すのを パパが 抵抗するのは
その過去の経験での パパの個人的な想いからだと 想像しています。
(パパの さんぽの障害への認識の甘さが なにより一番の原因です。)

一般的な教員が 懇談を申しだされる親を すぐ
「モンスターペアレント」だという目で 見るわけではありません。
ただ、懇談の多い親が、モンスターペアレント化していく比率が 高いのは事実です。
(手紙や連絡帳で意見をいうのも←こちらの方がさらに比率が高まる。一方的なので。)  

パパは 最終的に 床に頭を押し付けられ 土下座をさせられています。
「モンスター」といわれる所以は、そこです。
もとは 子どものことであっても、目的が、「先生に土下座させたい」という
親の一方的で身勝手な思いで 進んでいく。 
そこに 冷静な思想が 存在していない。
あるのは 自分(親)の個人的な感情。 
子どものためのはずなのに その肝心な子どもすら枠外の状態です。

きっと、そうなってしまう根本は 人間同士の 「合う・合わない」
でも、「モンスターペアレント」状態のヒトは
そこから トラブルをきっかけに
気に入らない担任を 一日監視し続け(双眼鏡などで 私的に)たり、
子どもや学校とは無関係な、その教員の過去や家庭生活のうわさを 広げたり
対応の悪さや気に入らなかった面を 私的な電話などで 夜な夜な 執拗に攻めたり
担任を土下座して謝らせることを 達成感に感じたり・・・
ただの「いじめ」と 何の変わりのない行動に 発展していきます。

高ぶった感情は 親として子を思うから当然と 
自分の中で 自分の行動を 美化して気がつかなくなるのです。

「親として 子を守りたい」
それは 当然です。
でも、そこに 親としてだけではなく ヒトとしての 感情をも 全部 入れ込んでしまうと
「モンスター」はつくられていきます。 

「親としての目」と「ヒトとしての目」の 切り替えスイッチを忘れた時に
自分の中に 「モンスター」ができてしまうのです。

私たち親は 園や学校での行事で ビデオを撮ると
自分の子どもが 中心です。
自分の子どもが 列の右の方にいたら、 左の方の子は ほとんどうつっていないでしょう。

でも、もっともっと子どもにズームしたい気持ちを抑えて 後ろに下がれば全体がうつります。
全体を映してみて はじめてわかるわが子の個性も あるものです。
必要以上のズームと 変わらない視点は ずっとわが子を追っているようで
見えない部分をつくってしまう・・・そういうものですよね。
やっぱり 視点切り替えのスイッチは 必要です。 

教員の撮る目は 基本的に 全体です。
常に 右の子にも左の子にも 正面の子にも 視線を合わせ
時に一人の子にズームしたり、ゆっくり右から左へ移動させたりします。
全体を映している目に 常に目だった存在があれば 経験で 
ズームするタイミングをはかっていきます。
一人の子に ずっとズームし続けることはできません。
でも、親から 教員に 特性を話し、特別な支援やその方法を 事前に話してもらえてあれば
教員にとって ズームする時の タイミングをはかるのに とても役立ちます。

私は 親は 何も躊躇する必要は、ないと思うのです。
わが子をゆだねる 新しい場所に 担任に 
わが子の 具体的な特性や 支援の方法を お話しする・・・     
それは わが子にとっても 親にとっても 教員にとっても 必要なことであり
それは「モンスター」とは 無縁です。

理解は以前より 深まったとは言え
まだまだ進んでいるとはいえない 特別支援教育

そこで 次への 未来への門を 開くために 
今 わたしたち親と教員が 話し合わなければならないことが たくさんたくさんあって
力を合わせていかなければ ならないことが まだまだあって

そのために 覚悟をきめて 園や学校に懇談に向かう わたしたち親を
「モンスターペアレント」とは言わせない。

きっと きっと それは わかってもらえる。

そう思います。

ただ、学校に園に 話しにいく機会の多い私たちは

あえて 

「親としての目・ヒトとしての目」

「ズームしたわが子の像・全体の中のわが子の像」

その切り替えるスイッチが 今日も自分の中にあるか 
いつも確認する 気遣いは いるのかなと思うのです。   



パパが 私に 「待った」をかけたという 前回の記事ですが
よくよく 自分のスイッチを 確かめてみると
少し ねじが緩んでいました・・・。      

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箸記念日~初めてのパパトレ~

さんぽ 箸が使えるように なりました。
今日・・・突然・・・って訳ではないのですが、
自分から 箸をもって 自信満々に 夕食に向かった日なので
記念日ということで・・・・

この箸・・・ だけは 声を大にして 言ってあげましょう
パパの努力~~パチパチ 
パパ がんばりました。ママ これは 認めます。

さて ブログに あまり出番のないパパは 現役中学教員です。
そこそこの年齢なので・・・そこそこの立場です。
でも、ある程度力を持つ教員だというにもかかわらず・・・・
まして さんぽの親でもあるにもかかわらず
「発達障害」関係の本、1冊としてまともに 読んだことはありません

私が「これだけは読んで」と、けんか腰で渡した本は
カバンにいれたまま すでに2年、毎日持ち歩くのみ。ボロボロのわりに 読んだ形跡はない。
それでも クラスに「アスペルガー」と診断された子がいて 対応に困った年に
講習会に1回だけいきました。本も読もうと 挑戦・・・・しました。
自分の子のためには できないけれど 自分が困らないためには できるんですね。
まあ 一般の教員・・・ほとんど こんな感じでしょうね。

ただ、私のやることや考えを 真っ向から否定することはないので
私のペースで やらさせてもらってます。
ええ、勉強していない人に 文句は言わせません。

そんな パパの さんぽへの対応は 「男の勘」勝負。

たまに あまりにとんちんかんな対応に イライラしますが 4年たち 少々あきらめました。
私が 細かいので パパはそれでいいかと 悟りを開きだしています。

そんな そんなパパが 初めてがんばった 「箸」トレーニング
何の心境の変化?って 私が 怒って パパにやらせたんではありませんよ
でも 原因は 私です。


実は、保育園の給食で、箸って 結構出ているみたいなんですね。
極端に不器用な さんぽは もちろん 箸・・・・課題でした。
箸の出た日は、服がすごいことになってて すぐわかります。
家では トレーニング箸 使用・・・・かれこれ何年かしら? 
私は、箸に関して あんまりあせってなくて (私も遅かったし。)
それより 嫌いなものも食べることとか 持ち手をだすとか 姿勢とか
さんぽには 「食事」に関する課題 たくさんありますから そちらを優先していました。

ところが・・・・今回の 例の担任の先生。
「こぼす・よごす」が×なようで・・・・。
どうやら 箸の日は さんぽ 注意されていたらしいのです。

それが わかったのは 6月にはいってから。
「今日は 先生に 注意されなかったよ。だって 給食スプーンだったから。」
「えっ!さんぽ 箸の日 注意されてるの?」
「だって・・・さんぽ 箸へたくそだから こぼしちゃうから・・・・。こぼしちゃだめなんだもん。」

信じられない・・・・。
左右の手の協応が うまくいかないさんぽ 
やっと お皿の持ち手を 出せるようになったばかり。
箸は まだできないことは 話してあったはずなのに・・・なぜ注意?。
こんな理不尽なことで 楽しい給食中に さんぽが 毎回 注意されていたなんて・・・。

頭は 沸騰!!

3日に1回 さんぽの粗相の話はするのに なぜ こういうことは言わないのだろう。
箸の使い方なんて・・・・さんぽに注意することじゃなく 私に注意することじゃないのか?
よごす・こぼすで注意するなんて 先生の都合で されていることじゃないのか? 
先生にとってこぼされるのが嫌なら、打つ手はいくらでもあるのに!

怒りで いっぱいになった私は
「さんぽ 明日 トレーニングのお箸をもってってもいいか 先生にきいてあげる。
そうしたら こぼさないもんね。」
「えっ!いいの。やったあ。きいてみて きいてみて。」
素直に 喜ぶさんぽを見て 新たに 切ない気持ちと怒りがわきあがってきた 私・・・。

そこにパパの 「待った」が入ったのです。 

「そんな特別なことをするな。前も先生に話しにいったんだろう。
そんなにいろいろいいに言ったら モンスターペアレントになるぞ。」

現役教員のパパは 親が何かと出ることを 極端に嫌がります。
さんぽの 入園前や進級前の懇談申し出すら いい顔しなかったんです
(医師に パパを 説得してもらったんです。)
私だって 元教員、パパの言いたいこともわかるけれど、逆に
パパのような 無知で 経験の勘だけで対応する先生が 
現場では ほとんどであることも知っている。
だから 余計に不安だし 任せておけないと思う部分も 強いんだと思う。

納得できず 息の荒い 私に パパが言いました。
「パパが さんぽに 箸のトレーニングやるから」

へええ~・・・・
その言葉に 思わず力が抜けて 目を丸くした私。
今まで さんぽの社会的スキルを学ばせていくことに 協力的とは言えなかったパパ。
立っておしっこの時だって いつだって面倒くさがって
「男は自然に覚えていくもんだ。」の一点張りだったのに??

ほおお・・・・・見せてもらおうじゃないの。どうせ・・・・。と思っているママ。


その日から パパの 箸トレが始まったのです。
というか・・・さんぽにとって 初めてのパパトレ? 
ママを モンスターペアレントにしたくないとの 一心で?パパはがんばりました

パパの考えた方法は 単純。
「おかしを 箸でお皿に移動させ 落とさなかった分を食べれる」

でも、パパが、仕事帰りにコンビニで買って来るおかしは ママの買うお菓子と違う
そして 夕飯後なのに そのおかしは 食べても ママに怒られない
そんな贅沢な喜びが さんぽをやる気にさせたようです。

はじめて 約2週間
タイミングがよかったのもあって ついに さんぽ自ら 夕食箸デビューしました。
棒2本だけの箸で 野菜をつまんだり ウインナーを口に持っていったり
それら一つ一つが 本当にうれしいみたいで
私に 自慢げに見せてきます。

「ねえ あのトレーニング箸は もう いらないから ひだまりにあげる。」
「じゃ記念に トミカの箸でも買ってあげようか?」
そういう私に 意外にも 首を振るさんぽ。

「ううん。この箸がいい。何にも書いてない 大人の箸がかっこいい。」

何もかいてない 大人の箸は あこがれの箸 

うれしいね。箸を持つ手が キラキラして見える


それにしても 
今回だけは 
パパに負けた!!!!              


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ブログを通して

何だか 心の整理がついて すっきりしています。
前回の記事をかいて 
自分がブログを持った意味を 再度確認したからです。

プロフィールにも 書いてある通り
私は さんぽの 長い登園しぶりに対する 支援方法を探していて
昨年9月ごろ ここ「ブログ村」にたどりつきました。

初めて ここを見つけたときは 本当に心臓がばくばくしました。

すごい・・・!!こんなところに 同じ想いが たくさんあったんだ・・・!!!

次々と たくさんの方々のブログを 読みあさり続けました。
FLさん ニコさん まっぷ~さん 卵畑さん・・・まだまだたくさん
(勝手に 名前だしてしまって ごめんなさい)
毎晩毎晩 眠いのも忘れ まばたきするのも惜しいくらいの勢いで・・・・。

たくさんの先輩ママたちが 一生懸命に考え 過ごしている日々の記録
衝撃を受け 考えさせられ 何度も頷き そして ぎゅうっと胸があつくなりました。
読めば読むほど 自分自身の想いも あふれてとまらなくなりました。
(その頃は 読んだ全ての記事に コメントを残したくなったっけ。) 

そしてついに 「私も 自分自身のブログをつくって 想いを 言葉にしたい。」
と思いました。
   

ブログを始めて

何に遠慮することなく 自分の正直な心のうちを 言葉にする。。。  
心の中で ぐちゃぐちゃになっていたものを 文字にすることで整理する

それによって 自分が何をしようとしているのか 
何に対して どう感じているのか
絡まった糸をほどいたかのように 明確になり
次の自分への パワーになることを すごく感じました。

でも それ以上に ブログを通しての 出会い・・・
自分の言葉にした想い対し 誰かが PCの前で 頷いている
一緒に笑って泣いて「わかるわかる」と言ってくれている

それが どんなに力強くて あたたかい存在かを 知りました。

私は・・・独りで さんぽの障害を 見つめてきたとは思っていません。
身近な親族には 話していませんが
お友達には 早くから カミングアウトしてきたし
専門の医師や 臨床心理士も 早い時期にかかることができ 相談できました。
必要な時に たくさんの人の優しさと アドバイスをもらっていたと思います。

でも それでも・・・どこかで
本当には 誰にも わかってもらえていない
この想いは 悲しみは 不安は 独りでずっと背負っている
その気持ちは いつだって 心の奥で もやもやと 雲になっていたんだなと思います。
私は どこかで 陽だまりを捜し求めていたのだと思います。

そんな孤独感は 今はもうありません。

それは ブログを通して この村で 出会った方々のおかげです。

本当に ありがとうございます。


そして 前回の記事をかきながら もう一つ 自分の中に
ブログへの想いが あったことに気づきました。

さんぽが 障害を指摘されて 自分自身が混乱し 真っ暗闇の中にいた頃
毎日 PCで 救いの情報を探し 必死でもがいていた頃
今ほど 情報はなく ブログにもたどりつきませんでした。
診断を受け入れ 障害と向き合う・・・
・・・その心の準備をするまでは 
とても とても 苦しかった
そして 独りだった

前回の記事のお母さん それは もう一人の自分
向き合わなければならないことは わかっている
でも怖い・・・前に進めない

その時に
「わかるよ。つらいね。つらかったね。でも一歩踏みだそう。怖くないよ。一緒だよ。」

その一言を 早くいってあげたかった。  
そのお母さんに。過去の自分に。
 
あぁ そこだ
そこが 自分がブログをかいている もとなんだ・・・・。
やっと わかったんです。その原点が。
 
今も 過去の自分のように 障害を受け入れ 向き合おうと 
葛藤と戦いながら 心の準備をしているママたちに
一秒でも早く その言葉をささやきたい 

このブログを通して

この出会いを通して



そのことが わかって 記事にして とてもすっきりした気持ちです。
一つ やりたかったことが終わったような・・・?

そろそろ この村の ランキングから 別れを告げてもいいかなと思っています。
あと もう少し 書き残した記事を 整理したら。   
         

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