ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

穏やかな夜です

久しぶりに、こども二人がすぅすぅ息をたてて、穏やかに寝ています。
久しぶりって?
実は、さんぽが全身ジンマシンで、寝られない日々が数日
そのうち、ダブルでひだまりが40度の高熱でぐったりし
私も、二人が心配で、落ち着かない夜が続いていたので。

こっちでさんぽが、こっちでひだまりが、柔らかい表情で寝息をたてている・・。
ごく当たり前だと思っていた日常が、

こんなに幸せなことだったなんて・・・。

改めて二人が健康に生きている日々のありがたさを 感じています。


さんぽは、結構なアレルギーもちで、それは、保育園に入園してから急激に悪化しました。
以前は、鼻炎とアトピーのみ、アトピーも関節にわずかにあるくらいで、薬も必要ありませんでした。
ところが、今のさんぽ。
喘息を発症し、ジンマシンも頻繁。アトピーからとびひ・・・
全身がジンマシンに覆われる姿は、見ていて不安になるし
はしゃいでいた矢先に、咳こみがとまらなくなると、楽しかったひと時も暗雲に隠れてしまいます。
特に、ここ最近はひどくなっていて・・・。
これと、一生うまく付き合っていかせなければならないなんて、親もつらい。

ジンマシンは、さんぽの場合、あまりにアレルギー源が多すぎて特定できません。
でも例え、一時的に全身に出ても、さんぽは発達障害児には似つかわしくなく睡眠王で、
かゆさより眠気が勝ち、ぐっすり寝て朝にはおさまっていました。
あのぼこぼこのジンマシンが、体中にできている状態で、ぐうぐう寝ているのに感心しちゃう。

ところがここ数日、何を食べてもあっという間にジンマシンが広がるようになり、
朝も残るようになりました。一日中、どこかにジンマシンが広がっていて、夜には全身に。
もらった、アレルギーの薬を飲んでも、一時的にひいたとしても、すぐ広がる。
さすがの睡眠王のさんぽでさえ、ジンマシンのかゆみで寝られなくなりました。
冷やしても、食事に気をつけても、薬を飲んでも、よくなる傾向がない。

内臓的な疾患かな・・・もしや、もっと恐ろしい病気が隠れているのかもしれない。

もう心配で心配で、かかりつけのアレルギーの病院で相談しました。

原因が判明。

溶連菌・・・。

うそっ!
溶連菌感染症にかかっていたらしい。
どうやら弱い菌だったらしく、熱ものどの痛みもなく、
さんぽの場合は、ジンマシンの悪化として表れたんだそう。
いつものジンマシンだと思い込んでいた私は、発見が遅れて、
すでに溶連菌感染症のピークはすぎてしまっていたようです。
さんぽのようなアレルギー持ちや、アトピーのある子などは、溶連菌の発見は遅れがちだそうです。
普段の症状の悪化と思いがちなので。

でも、なんだかホッとしました。
原因が、菌だとわかって。ちゃんと治療のあるものならば、薬を飲んで治るものならばよかった。

薬を飲んで二日
全身ジンマシンは、根強く表れていましたが、ついに今日、すうっとなくなりました。
夜中、無意識に体中をかきむしり、「かゆいよーかゆいよー」と苦しむ姿を
久しぶりに見なくてすむ安堵感。
気が抜けるほど、静かで、穏やかな夜・・・これが当たり前の日常であったことを忘れていました。


で、ひだまり。
ジンマシンをかきむしるさんぽの隣で、40度の高熱に、「イタイイタイ」と何度も起き、抱っこをせがんでぐったりと腕によりかかる。
さんぽの病名がわかれば、てっきり、感染したと思いますよね。
すぐ次の日、病院。でも、溶連菌は陰性。
けれど、次の日には体全身に発疹まででて、通常の風邪じゃないのが明らか。
もう一度病院へ。でも、診断は「突発性発疹」・・・・えっそれもう、やったんですけど。
でも、診断された日の夜も、高熱。突発疹じゃないのは明らか。
そして、もう一度病院へ。診断は「ウイルス性発疹」・・・なんとも、いい加減な名前で・・・。

・・・・結構、振り回されました。


今思えば、ひだまり、あんた、さんぽに目がいきがちな母に、あえて厄介な病気拾って、目を向けさせようとしてない?って感じです。
とりあえず、後がよければ、笑い話なんですけどね。
ね、ふふふ・・・・


さんぽとひだまりが、穏やかに静かに寝息をたてる夜

優しい呼吸の重なる音・・・・・最高に落ち着くBGMをききながら

思わず缶ビールを一本あける、母でした。

テーマ:アレルギー・アトピー - ジャンル:育児

怖さをのりこえるパワー

もうすぐ保育園の社会見学で、科学館の見学があるらしい・・・。
科学館と言えば・・・プラレタリウム
プラレタリウムと言えば・・・まっくらで、どこで話しているかわからない音響マイクでの司会で、異様な形の大きな機械で、さんぽの知らない見通しのきかない内容で、それから・・・。

やばいっ保育園でいきなりいったら、絶対 さんぽ、恐怖でたおれるで~。

そうなんです。さんぽは、小さい頃から、施設展示物ってパスで。
人の大勢いる暗くて閉鎖的な室内に、ずらって展示物が並ぶのが、とても怖いらしい。
だから、あんなに生き物好きでも、水族館は大泣きだし、
あんなにのりもの好きでも、車博物館は、館内中抱っこじゃないと無理だし
勿論、プラレタリウムなんて、ぷるぷるぷるっ避けて通ってきた場所です。

でも、今回は避けて通れないし、あの頃より成長したし、思い切って、一回体験してみるか。
・・・ということで、先日練習にいきました。

ひだまりは泣くだろうから私はパス、さんぽはパパとともに。

パパには、(→障害の特性を全然わかってないので要注意人物なんだ、これが。)
・暗くなる直前に、今から暗くなるよと伝える
・最初に、マイクの音の出所を教えておく
・明るいうちに部屋全体のしくみと、真ん中の大きな異様な機械の説明をしておく
・怖がり出したら、無理させず、思い切って退場
ことを確実に行うようにお願いしておきました。


帰ってきたさんぽ。

興奮気味で、私に話します。

土星の輪、地球と太陽と月、星の神話・・・
すごいんだよ。こうなんだよ。こうなってるんだよ。知らなかったよ。びっくりしたよ。

はじめて触れた宇宙の神秘に驚き、感動し、興味いっぱい。

・・・・ついでに暗くても怖くなかった自分に、自信もつけて。


うん、いい顔してる、さんぽ!!

さんぽは、早速、「宇宙」の図鑑を借りてきて、
好奇心のあふれ続けるまま、一心不乱にページをめくっていました。


普段から、さんぽは、好奇心が強い方だなと思いますが、
発達障害の特性である、過度な恐怖感も人百倍(発達障害の中でも相当高いらしい。)
でも、最近は、その好奇心の強さが、さんぽの恐怖度を上回るようになってきてる気がします。

怖くて怖くて仕方ない・・・でも、見てみたい、やってみたい。

幼い頃は、音、光、人、匂い、ものの並び方、形・・・あらゆる刺激に過敏に反応するがゆえ、
どんどん膨らむ恐怖に、好奇心が隠されていたのかもしれません。
でも、成長するにつれ、未知のものを見てみたい、やってみたいという気持ちがバネになって、
少しずつ小さな怖さからなら、踏み出せるようになってきた。
好奇心が満たされた喜びと、「怖いもの」ものりこえた自信が、次をのりこえる力に変わっていく。

そうやって、たくさんあった怖いものを、一つずつクリアしていっているような。
そして、また新たな世界に、目を向けていくような。

自分自身から湧き出る好奇心パワーが、
本来持っている過敏や恐怖心にうちかつなんて
ちょっとかっこいいじゃん、さんぽ。


そんなさんぽの表情を見ながら、
ちょっとした小さな刺激が、怖くて怖くて、パニックになり、
ただただ大泣きしていた幼いさんぽを、思い出します。
その隣で、半泣きで途方にくれていた私の姿も。

自分自身の力で、障害の特性をも乗り越えていく、その姿は
あの頃の苦しかった思い出さえも、懐かしい思い出にしてしまうんだな。


ちなみに、さんぽは、図鑑を見ながら、
「これプラレタリウムでやってたよ。こんな話だったよ。」
プラレタリウムで教えてもらった神話を、2つ、結構正しい内容で話してくれました。
視覚的なインパクトも強かったんだろうけど、そこまで覚えてきているのはなかなか立派。
よっぽど、興味を持ったんだろうな。

のりもの熱、生き物熱に続いて、宇宙熱もあがるかな?

テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

「うまくなりたい」と思うことーボランティアにて

明日は、ボランティアで音楽指導をしている、知的障害者施設の発表会があります。
仲間は、平均年齢は50歳くらい、知的度は幅が広いですがおおむね中度程度です。

今回は和太鼓。かれこれ6年指導していると、それなりのものができあがってきました。
結構、自信ありの演奏です。
もともと6年前に引き継いだ時から、基盤はできあがっていたのですが
ここ最近の、施設の仲間たちの和太鼓の腕は高まりつつあります。
実は、みんな私の母ぐらいの年齢なんですよ。
老化がだんだん進んで、座ってしか打てない人や
打つこと自体をドクターストップされて、参加できなくなった人もいるくらいなのです・・・。

でも、ここでの仲間の姿を見ると
障害があったとしても、身体は老化したとしても

ヒトは 上達する力を、
上達したいと思う気持ちを、
持ち続けるんだなと思います。

うまくなっていると自分で感じること
できなかったことができるようになること
もっと、うまくなりたいと思うこと

その気持ちが、太鼓に向かう、表情を変え、態度を変える。
そして、彼らの「生きる力」になっていくのを、じわじわと感じます。

最近、仲間たちの腕があがっているきっかけに、心あたりがあります。
それは・・・職員の顔ぶれ。

そういうと、音楽の得意な人がきたのかな、いや、
福祉のベテランの人が来てうまい支援をしてるのかな、
それとも仕事のできる人が・・・とか思うでしょ。

違うんです。

おばさんくさくて 嫌なんですが、一言言っていいですか~。

若いっていいわあ~。

ここの施設は、市の経営なので、異動がはげしく、ここ2年で音楽クラブの関係者の古株がみんないなくなってしまったんですね。
それで、大学でたばかりの、若い人が次々担当になったのです。

社会人なりたての彼らは、始めは太鼓するのに、スーツ姿だったり、
私はたかがボランティアなのに、指導中、ノートを開いて指導をメモってたり(介助してほしいっす)、
施設の仲間に問題がおきても、お客さんのように動かなかったり(対応してください~)・・・行動がどんちんかん。

そして、こんなこというんです。
「私も、和太鼓 うちたいです。一緒にやりたいです。」

いやいやいや・・・それ、違うくね~っと思ったりもしますが、休憩時間に10分教えると
これがまた、若いから 吸収が早い。
どんどんうまくなるのを見て、職員のみなさんが意欲を掻き立てられたんですね。
前々からいた方まで、練習するようになりました。
休憩の10分は、そのうち職員の乱れうち状態に・・・。

職員のその姿に、施設の仲間が刺激を受けないわけがありません。
切り換えの遅いはずの仲間たちが、職員に声をかけられたり、ひっぱられてきていた仲間たちが
次第に早く集まれるようになり、
なんと自主練習をするときもあるようになりました。
私が、指導者として到着する頃には、職員も施設の仲間も、
「うちたい」「うまくなりたい」というオーラであふれているんですね。

だから、上達した。

音楽の技術や、音認知に対する対応や、個人の音楽的な感覚に対する対応などは
もちろんあった方がいい。
個々の障害の特徴や指示の理解の仕方、介助の方法なども、職員なら知っているべきだ。


でも、そういうもの以上に

人間として純粋に、同じことを「やりたい」という気持ち
介助する人とされる人、そういう立場を超え、同じように「うまくなりたい」とめざす気持ち

それが、何より、「生きる力」をはぐくむ近道になるんだな、と思う。


若干25歳前後の若者たちに、教えてもらっちゃいました・・・。
いや、若さは関係ないか。

明日の発表会、
今までとは違い、施設の仲間だけの演奏ではなく
職員の演奏も入れ込みました。
きっと、普段、介助する側の人間も、される側の人間も
本番前は、同じようにドキドキし、
終了した暁には、打ち抜いた達成感で、一緒に喜び合うだろう。

今までになく素敵な演奏会になるかもしれないな。

テーマ:できることから - ジャンル:福祉・ボランティア

過去の自分・今の自分

ちょっと、私自身の話ですが。
心に引っかかっている状態から抜け出したくて、言葉にしてかこうと思います。


再び、大学の先生の退官記念会にて。
すばらしい大学の先生の講義を、久しぶりに聴講できて、しばらく忘れていた感覚が戻る。

過去の若い自分の生きていた日々
信じていた想い
抱いていた夢
教員として得たもの、やりたかったこと、柱にしていたこと
かかわった子どもの成長、笑顔、宝もの
音楽へのあふれる想い 音楽を通した人生観・・・・、

お酒の力も借りて、過去の自分に酔ったのかもしれません。

集まった大学時代の研究室の仲間は、今でもたっぷり現役で日々過ごしていて
音楽教育への信念にあふれ、語っていた。

でも、私にはまぶしすぎて・・・。
まぶしすぎて 正面から見れなかった。


ああ・・・もし、私が、あの頃のまま教員だったら・・・?
もし、今も音楽教育にかかわっていたら・・・?

ここで、この仲間とともに、熱く語っていただろうか。
自分の生きている日々に、堂々と正面をみていただろうか。

隣で語る仲間が、別の生き方を選んだ自分とだぶる


比べることなんてくだらないことだ。
「もし」の自分と、今の自分と その点数を比較することなんてできない。
そこで何が得れたのか、得たものの価値がどちらが上かなんて そんなこと
誰にも評価なんてできやしない。

正しいのは、今。
今ある自分。
それでいい。


本当はね、本当は、まだまだ音楽教育を通して、やりたいことがいっぱいあって
今も、いくらでもあって、その思いは、残り続けている。

でも、教員を辞め、お母さんになった私、
新しい授業を、クラス40人を対象に 試みることはできなくなったけれど
学校の体育館に笑顔の歌声を響かせることは できなくなったけれど

たった2人の大切な子どもが、私の歌を待ってくれている。

お母さんのこだわりの日本の音、ちゃんと感じられる感性を持って
お母さんの音楽からの刺激に、これ以上となくストレートに影響を受け、
一生分、音楽を通した成長を見せ続けてくれる

最高だよね!
最高の音楽の授業を、2人にしていきたいよね。

やっぱり 今の自分でいいんだ。
今の自分がいいんだ。

テーマ:子育て - ジャンル:育児

模倣の力

ひだまりが、ズボンを自分で、はくようになりました。

以前から、真似をしていたのですが、最近は
「いいから、ここは、わたくしに任せなさい」とばかりに手伝おうとする手を拒否。
「こっちのあっし(足)、こっちのあっし(足)」と一つずつ、足を出して
「よいちょ」と立ち上がり、ズボンを引き上げ、
さいごに「ひだちゃん、じょおずぅー」と自分で言って、にっこりっ かあいい~

昨日は、その調子で、ズボンを次々とはきまくり、4枚重ねです。
もういいっもうやめて「いやあーーーはくぅーーー」・・・・厄介でもあります。

ひだまりの次のターゲットは、靴下。
靴下を見つけては、口を開いて足を入れようとします。
この分じゃそのうちできるようになりそうです。
何にも教えてないのにな。勝手にやっちゃうようになるもんなんだな。

そこで、はっと気づいたことがあります。

備わっている脳の「模倣の力」。
この力は、発達の欠かせなくて、技能の習得に大きく影響する。
この力の弱さこそが、発達障害を持つ子どもの、支援の必要とするところだったなと。

さんぽは・・・靴下をはけるになったのは、3歳半すぎてからです。
保育園のお昼ねが始まり、毎日、どうしても自分で靴下をはかなくちゃいけない事態になって
登園しぶりに、それが一つの原因になったため、親で仕込みました。
「練習して、自分ではけるようになろう。きっと自分でできるから大丈夫」って声をかけ
やり方を順番にしめして、丁寧に教える。
でも、靴下の口をつまみ広げることが難しくて、足を入れられない。
何とかつま先を入れても、そこから足首までひっぱりあげるコツがつかめない。
やっとひっぱりあげても、かかとの部分が前に来ていると、調整で手間取る。
教えていても、途中でさんぽの気持ちがなえていくことも多かった。
わあわあ泣き出すさんぽに、何がどうしてここまで手間取るのか、私もわからなくて、気が沈んだ。

登園しぶりがひどい朝に、自分で靴下をはく練習は、とても苦しかった。
さんぽは「みんなはできるのに、なんでオレはこうなんだよ。」と叫ぶ。
やっと、何とかできるようになってからは、「頑張り表」をつくって
自分から靴下をはいた日にシールをはって、たまったらご褒美もして強化した。そして今がある。

さんぽには、それだけの支援と時間が必要だったものも
ひだまりのように模倣の能力があれば、本人の「何となくこんなふうだな」という感覚だけで
技能を習得することが可能だったんだと知る。
改めて、さんぽの持つ障害はどこなのか わかってくる。

でも実は私は・・・・
なんと、発達障害の疑いを1歳半で指摘されたのにもかかわらず
ずっとさんぽが、模倣は得意なタイプだと思っていました。
なぜ?
幼い頃から、ビデオなどの視覚教材では、2~3回見れば、踊りを覚え、自然に真似をしたし、
リズム模倣は、覚えるのも早ければ、驚くほど模倣も完璧でしたから。
今でも、運動会などの演技は、健常児に混ざっているのに、正直かなりいい線いってます。
さんぽは、そういう形の真似する力はあったから、模倣の力の弱さに気づけなかった。

以前やってみたポーテージによる発達チェックでは、明らかに「身辺自立の項目」でさんぽは、偏りがありました。
歯を磨く、チャックの上着の着脱、髪をとく、裏返しの服を戻す、お手伝い的なものなどの生活技能。
ひだまりのように自然に習得するのを待つのではなく、
こちらが意識して本人の気持ちを持って言ったり、技術的なことを練習させたりする、
そういう、こちらからのちょっとした支援のタイミングが大切になってくる。
そのことを知っても、まだ、それが模倣の力の弱さとつながっていることに気づけませんでした。
私が身辺自立のしつけを後回しにしたからだと、自分を責めてみたりしたし、
或いは、「不器用」を全ての原因にこじつけていました。

集団の療育では、必ず行われる、音楽を使った模倣。
でも、根本的に「模倣の力の弱さ」は、そこで補えるものではない、そういう真似とは違うものだということを
さんぽが、語っている気がします。


さんぽの「模倣の力の弱さ」からくる困難を、いかにサポートするか

生活に関わる様々な技能習得の遅れやつまずき、
それに対応する基本は、そこなんじゃないかと思います。

テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

ありのままを全て感じるー日本の音

少し音楽のことを。

今日は、自分の大学時代の先生が退職されて記念会があり、出席してきました。
私はピアノ科で合格し、途中で専門を声楽科に変更し、
最後は卒論を音楽教育で提出した異端児で、大学時代は、お世話になった先生がたくさんいます。
出会った恩師、どの方も、本当にすばらしい方々で、音楽家として、人間として、尊敬しています。
私は、大学時代の音楽環境が、とても恵まれていました。
時代の最先端を歩んでいらした先生方の退職は、なんだか寂しく、一つの音楽文化の区切りを感じます。

そういう中で育ててもらった、私の中の音楽・・・話したいことは山ほどあります。
今日は、その中の一つを。

私の中には、音へのこだわりがあります。
それは・・・日本人の感じる音
それは

すいきんくつ(穴から水滴が落ちる音)やシシおどしの音(竹に水がたまって落とす時の音)であり

和太鼓のリズムや三味線の激しい鳴らしであり

合いの手の勢い、民謡のこぶし、尺八の音の揺れであり

笙の和音であり

子守唄やわらべ歌であり・・・


大学に入るまで、絶対音感のもと、ベートーベンやショパンを弾きまくり、ソナタ形式や西洋の音楽理論を学び、それが正統な音楽だと植えつけていた自分にとって
ごく当たり前に日常にあふれている日本の音への感性に気づいた時、
とても衝撃的でした。

音の周波数により、理論的に並べられた、ドレミファソラシド
西洋音楽の理論にのっとり、鍵盤はしきられ、その間の音は、半音以外、音として認められない。
それが、正しく美しい音
そして、決められた音の重なりが、正しく美しい和音
ピアノは、正しい周波数に近づけた音にするために、念入りに調律をするし
声楽なら、いかに正しい音程に声をあてるかが、基本になる。
わかりやすく整然と管理された音楽の理論・・・
そこからはずれてしまう音も和音は、正しくない音、よくない音になる。
終止形をとらない曲は、不安をあおる。正しい音楽の形としては、認められない。
メロディーは楽譜に表し、誰が奏でても正しくあるようにする。
西洋では、虫の声は、雑音。音として聞かれることはないのです。

でも・・・
私には、虫の声が音としてきこえる。
ドレミファソラシドに当てはまらなくても、秋の音として心に鳴る
「ラソラ、ソララソラ(さーちこちゃん、あそびましょ)」ラで終わる、終止形をとらないわらべ歌が
問いかけの優しい想いの音楽になって感じられる。
母の背中できいた、毎日違うこぶし(同じ音の揺れ)の入った子守唄が
あたたかい音として安心感をのこす。

西洋で言われる「正統の音」ではないはずなのに。

でも、そこに存在するのは、間違いなく、気持ちを癒し、震わし、感動を与える音楽。
確かに、日本人にとっては、大切な音。

そうか・・・そうなんだな。
○も×もない
「これが正しい音」っなんてない。
みんな大切な音なんだ。みんな同じ位置の音楽なんだ。

大学時代、やっと気づいたこのことに、私はすごく感動したのです。


静けさの中、穴を落ちて底を ポチャン・・・・とならす小さな水滴の奏でた音

自然の香る庭で、カーンと響き渡る竹の音

夜中、小さく震える虫の、羽が鳴らす歌声

こどもを寝かすために歌い続ける、母親の微妙にこぶしの入った歌

同じ単音の重なりだけで、精神を向上させることのできるお経

丸くなって囲んで歌う、子どもたちのあーぶくたったにえたった

その音と、オーケストラの奏でるベートーベンの第九と、
どっちが正しいとか高尚とか
そんなのくらべることなんてできなくて

どれもこれも、すごく素敵な音楽・・。
心に響く音・・・。


音を科学的に解明させ、理論つけることはできなくても
自然界にある、計算されていないありのままの音を、全て音楽として感じる
こういう感性を持った日本の心に、
私は誇りをもっています。


ありのままを すべて 認め 感じる

この国はいにしえのかなたから、伝え伝えて、私たちに素敵なものを残してくれている
・・・・そう思うのです。 



音楽・・・まだまだ話したいことがあります
また機会があったら。 

テーマ:音楽のある生活 - ジャンル:音楽

こどもの時間・・・キャンプにて

大雨の中、行ってきました。海辺のキャンプ。
ええ・・・おかげさまで、渋滞はありませんでしたが・・・それだけが救いですが。
2日間とも大雨・・・。そんな中、海にキャンプしにいく物好き・・・そりゃ、渋滞もないわな。

わずかな、雲と雲の間を出た太陽の光をのがさず、
海の生き物探しにゴー!!
いるいる・・・カニやら、小魚やら、ヤドカリやら、フナ虫(?)やら・・・。
ぞうりなのに、岩を慣れた足取りでさくさくと歩き、網をふりかざしてカニをつかまえるさんぽ

海で生まれた、野生児のようです。

2時間で、持っていった水槽、満員状態になり、雲行きもあやしくなって、終了~。

「全部、家に持って帰るんだ。」といいはるさんぽに
「海の生き物は、飼えない。」と言い聞かせるのに、多少の時間が。

「絶対に長生きできないけど、一匹だけなら、観察するために持って帰ってもいいよ。」の妥協案で納得。
「卵をもったカニ」を持って帰ると決めました。

少したって、「持って帰るの、変えるわ。」と。
「やっぱり考えたら、卵から生まれた赤ちゃんは、広い海の方がいいと思うから。」だって。

それでこそ、生きた勉強ですよね。
子どもたちの持つ、こういう考える過程って、私はすごく好きです。
学校で、机上の中で教えられる道徳よりも、ずっと時間はかかるけれど。

2時間かけてつかまえて、一番自分にとってとっておきたい気に入ったものを 
悩んで考えて、やっぱり逃がす・・・。

大人が「生き物を大切にしましょう。」と答えを与えることは、簡単で合理的だけれど
はじめから「卵を持ったカニはかわいそうだからだめ。」ということは、無駄な期待や悩む時間をつくらないけれど

そこでは絶対に補えない、こどもにとって大切な経験が残る
悩み迷った時間こそ、こどものための時間。
たとえ、さんぽが気持ちを切り換えるのが苦手な発達障害だからと言って、
ここで療育的に事前に管理することで
さんぽの悩むための大切な時間をうばうことは、したくないなと思う。
たとえ、時間がかかりすぎても、悩み迷う子どもの時間を、さんぽにも与えたい。

ということで、代わりに選ばれてしまったのは、フナ虫・・・。ご愁傷様です。

ふっフナ虫って?
海の岩にがさごそっと、うじゃうじゃいる、あれです。
いうなれば・・・海のゴキブリ・・・・言うな、それをいっちゃいけないっ!!
グロい形の、かわいくもなんともない原始的な生物。
それを追い、当然素手でぐぁしっと捕まえ、高々と喜ぶさんぽ。
あなた、本当に触覚の過敏 あんの?最近、少々疑問です。
さんぽにいわせれば、海のダンゴムシだとか・・・。

実は、砂浜には、もう一種類、海のダンゴムシらしき生き物がいたんですよね。
砂をかきわけると、ピョンピョンととびはね、丸くなって砂にもぐっていく。
形はダンゴムシとフナ虫をあわせたようなものですが、性格(?)は野蛮で
つかまえたさんぽは、噛まれただか刺されただか?痛かったらしい。
あれは、何だろう?
また、調べ物が増えたりして。さんぽのおかげで、雑学強くなるわあ・・・私。



ちなみにさんぽ。
ざあざあ雨の振る中、夜中に起きて、真っ暗なキャンプ場のトイレに一人で行くっていうやつ、
大人でも、結構いやなのに 平然とやっっちゃいました。

なんか・・・・年々 たくましくなるなあ。すごいよなあ。

ひだまりはと言えば
強風にあおられ、小雨の降る寒空の中、海にダイブ。しゃれになりません。
海の生き物好きの兄を持ったばかりに・・・なんとも気の毒ですが、
キャニ(カニ)、フナムチ(シ)・・・片言ながら、マニアックな生き物の語彙が増えつつあります。

テーマ:家族でお出かけ - ジャンル:育児

雨上がりの夜空にーキヨシローさんを偲んで

中学の頃、すでに、音楽系の大学を意識していた私は
勉強のBGMには、ピアノのクラシック
当時は、NHKFMを録音して、クラシックを聴く・・・
それが好きというより、それでなくてはいけないという概念が先にありました。

でも、あるFM局の番組の最初に流れる曲がどうしても気になりました。
聴くと酔うような感覚にとらわれる。音楽に対する初めて味わった感覚でした。  
あるとき、歳の離れたお姉さんのいるピアノ仲間のお友達に、曲名を教えてもらいました。
「ライディーン」
私は、YMOのつくる、テクノミュージックの魅力にとりつかれました。 
YMOのメンバーも、すごく魅力的でしたよね。

その頃、丁度YMOの坂本龍一さんとの「いけないルージュマジック」が流行りだし、
忌野清志郎さん・・・キヨシローを知りました。
度派手なメイクに、中性的なファッション、演奏中のキス・・・当時はセンセーショナルでしたよね。
でも、知らぬうちに自分の中で何となく出来上がってしまっていた「常識」を
ひっくり返してしまう勢いに どこかすごく惹かれるものがありました。

マジメで、勉強好きで、ピアノに熱中している、合唱部の部長さんは
YMOを聴いて、キヨシローのRCサクセションをうたっちゃうんだよ。
そんな、周りからの自分のイメージを覆すことへの、おもしろさもありました。

自我が芽生え、感情の浮きしずみを自分さえもコントロールできない思春期。
キヨシローのうたいあげる うわっつらのきれいごとじゃない 裏も表も全部放り投げたような歌詞に
つくられてしまった自分自身のイメージや「常識」への反抗を 重ねていたのかもしれません。
正統派の音楽を学べば学ぶほど、ロックやテクノ への憧れを抱いたのもある。

これが「当たり前」 なんて
これが「常識」 なんて
「正しい」ことが「正しい」なんて 
そんなこと だれが決めるの。

「常識」の枠をはずそう。
枠をはずして見えることがある。
枠より大切なことに気づくことがある。
みんなと一緒でいいんじゃなくて、自分がそうだと思うことをしよう。

はずれているなんて気にしなくていい。
はずれていることは、はずしていることなんだ。
そういう当たり前でない自分自身とも愛し合おう。


不安定で 自分自身のことが気になって 学校に社会に疑問だらけで
でも、やりたいことは何かいつも考えて それに向かってなら全力で突き進めた
あの 思春期。 
その大切な時代を つくりあげてくれた 歌・・・音楽は
歌わなくなった今でも 
私の根底から メッセージを送り続けている。



キヨシローは、ここにいなくなっても、
キヨシローの歌は 生きている。これからもずっと。
  

テーマ:忌野清志郎 - ジャンル:音楽

ささやかないのちの話

前回の記事、生き物の絵ついでに 生き物話

さんぽ、ゴールデンウィーク前半は、公園で虫探しにはまっています。
昨日は、桜の木から毛虫をとりまくって、意気揚々なさんぽです。

毛虫の模様って、結構、自閉な視覚刺激的に、さんぽにとって、はまる感じなんですよね。
横に長い幾何学的な模様って、好きじゃないですか?
さんぽなんか へびなんか見た日にゃ、感動のおたけびあげてましたから。
横に美しい模様が すぅ~と動く感じが たまらない刺激らしい・・・。
「うわあ 新幹線だ。新幹線と同じだ~。」って言ってました。
私にとっては 思いもしない感覚なんですが、わかる人にはわかるのかな。   

話はそれましたが、毛虫。
夜には、その毛虫ったら
なんと、糸をはきだしまくって、繭をつくってさなぎになってました・・・・。
うぅ~さぶっ。やめてくれ~っ。
全身、冷ややかな感じがしましたが、私も そう 男の子の親。
何になるのかは、見届けておこうと思います。

私、虫とか、水の生き物とか 表情のない、がさごそ系の生き物って、あんまり得意な方じゃなかったんですが
さんぽを育てながら、随分、見方が変わってきました。
人にとっては、ほんの指ほどの大きさの、小さくて大量に存在する 虫の生命から
教えられることって、結構たくさんあって。
そう、私は、教えられ、助けられています。

例えば、去年、さんぽが卵から育て、さなぎになったアゲハの幼虫。
夏は、2匹ほど蝶になって、空へ放ったのですが
秋のさなぎは
温度差を感じて、蝶にならずに、さなぎのまま冬を越し続けたのです。

不思議ですが、蝶のさなぎって、あれだけモグモグ食べていた青虫がある日突然、
適当な場所で、じっとかたまって動かなくなり、変体するのですが、
中で、昼夜の長さや、温度をはかっているらしいのです。
あたたかい日が続きそうなら、迷わず2週間くらいで蝶になる。
寒い冬に近づいている頃なら、さなぎのまま冬を越す。

固まって死んだと同じような姿でも、生きていく方法をちゃんとしっているのです。
あの小さい生命は、中で、外界の刺激から身を守り、蝶になる時を、自分ではかって待っているんです。

小さな生き物に、それだけの力が備わっているのが、神秘ですよね。
その蝶になる時を察知するしくみは、まだ、科学的に解明されていないそう。
これだけ科学を発展させたヒトも、こんな小さな命の持つ力に、まだかなわない。

さなぎの
自分で選んだ秘かな場所にそり立って、
羽を広げる時を覚悟するまで外界からぎゅっと身を閉ざしている姿は
何となく、さんぽたちに似たものを感じます。

科学が解明していない神秘の力
その力を持つことを許されたいのち。
そこにも、さんぽたちにつながる何かを感じる。

神様は、どんな小さな生き物にも、ヒトと違う見え方や生き方を選んだいのちにも
自分を生かすための力を備えてくれている。

ささやかに生きる虫たちを見ていると いつも、思うのです。

生きることって どんなにすごいことか。
生きるための力が備わっているって、なんてすごいことか。

生きる方法は 一つじゃない。
その方法は、たくさんあるってことを。


今年は、さんぽに、おたまじゃくしからカエルへの変体もみせてやりたいな。
ヤゴからトンボもいいな。



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像が見える・・・生き物の絵

少し重いテーマが続いたので、ちょっとここらで、作品展しちゃっていいかな~。

最近、またまたいいんです。さんぽの絵。生き物が多いんですよ。
(ちなみに、最近訪れた方用・・・パーツにこだわるさんぽは、絵をかくことが苦手で1年半前まで、なぐりがきと○だけでした。)
絵というと、「のりもの」系をかいていたさんぽ。
のりものは、パターンがありますから、かきたいものになることが、ある程度見通せるからかなあと思います。四角にタイヤで、大体のものかけちゃいますから。
その点、生き物は、形がてんでバラバラ。
カブトムシは四角を二つ重ねてかけても、蝶は三角を逆にあわせる・・・みたいに。
さんぽは、書く前から「何から、どうかいたらいいか・・・??」ものすごく心配になるらしく、
なかなか手をつけない分野でした。(今でも動物系は、かくのを嫌がる)

でも、最近、像全体を想像したり、見ながら像のバランスを見当つけたりすることが
ちょっとできるようになったようです。

ザリガニ。これは、想像でかきだしました。
でも、そのあと、いそいそと辞典をもってきて、絵と比べる。
「何してるの?」
「えっ?絵に間違いがないか、点検してるんだよ。」・・・なるほど。
点検材料は、ひげの有無とか、すごいパーツ、正確さにこだわるさんぽらしい感じです。
ザリガニ


カニ。これは、すいそうを持って、見ながらかきました。
前なら、「はさみから」とか、気になるパーツからかきはじめて、できあがるとパーツだらけで???だったと思うのですが、今回は甲羅からいきました。
甲羅の形のでこぼこを、結構こだわってかいてました。
甲羅という全体像をもとに、付け足していくパーツの位置や大きさ、それが絶妙かな、と。
カニ

明らかに、像への意識がかわってきたかな・・・と思います。
さんぽが愛する、小さな生物たちには、教えられることがいっぱいです。

実は今、はまっているのが、察しの通り、水系の生き物です。
うちの狭いベランダは、ザリガニくん、タニシくん、カニさん・・・ミニ水族館。
さんぽの朝は、愛するベイビーたちに、あいさつすることから始まります。
「かわいい、かわいいザリガニちゃ-ん。今日も元気かな~。」

・・・・・なんか いや。

さんぽは、今年の誕生日には、「ヤドカリ観察セット」を買ってもらうらしい。
今以上に、水族館が増設されるのか・・・・。
母的には、どーなんでしょ。その選択。おもちゃでいーやん・・・・と思うけど。
でも、家にある水族館を、掃除したり、えさやったり、無意味に観察しちゃったり
これぞ、男の子の母親の醍醐味っちゃ 醍醐味っすね。

ゴールデンウィーク後半は、海でのキャンプを予定してます。

海の生き物を前に、さんぽの喜ぶ姿が、今から目に浮かんで
意外に ウヒヒ・・・な母さんです。






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