ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

見てしまったイジメ

すごく嫌なものを見てしまった。

いじめ・・・。
周りの腐った空気、こどもたちのよどんだ心

見てるのが痛かった
気持ち悪くてはきそうだった。


市外の公園、たまたま見つけた遊具がスリリングで、ちょっとだけ試してみようと車を降りた。
夕方6時・・・少しだけよと言い聞かせて、さんぽを自由にさせる。

ゆるやかな斜面に造られた、大型遊具。
上から、関門をこえこえ降りていくと、最後は、水遊びのできる広い人工池があった。

そこで、キャーキャーと遊ぶ声がきこえる。
年は・・・5年生?4年生?といったところの男の子たち5人
男の子は、何歳になっても、水に入ってぬれて帰るんだな、なんて微笑んでみていたけれど
様子がおかしいのに気づいた。

からだの一番大きな肉付きのいい男の子
彼だけが、標的にされている。

「おい、背中流してあげるよ。」言葉だけは、優しい。
いや、彼らは、いじめを正当化するために、言葉を選んでいる。自分自身を葛藤させないために。
それを真に受け、背中を見せて座る男の子に、始めこそペットボトルで水をかけていたが
そのうち、ペットボトルを間近にたたきつけ、跳ね上がる水で驚く彼を、笑いものにしている。

「やめろ!!いい加減にしろ!!」興奮して泣き叫んだ彼の声が、裏返る
水にぬれた服が嫌だったのか、彼はその場でおもむろに服をぬぎだした。
その姿を見た子どもたちは、嫌な笑顔を交し合い、陰湿さを増した。

何となく、その子の弱さが伝わってきた。身体も大きく、身体的な障害はない。
でも・・・でも・・・・わかる気がする。彼は弱い立場の人間だ。

逃げなよ、ねえ、逃げるんだよ
ここでは、解決できないよ。これ以上嫌な思いをする前に、逃げなよ。帰ろうよ。

思わず、さんぽを探す。

スリリングな遊具を楽しそうに降りていったはずのさんぽは、立ち止まっていた。
この光景を見ている。
きっと、あの叫び声で、誰かが、嫌な思いをしていることに気づいたはずだ。

「さんぽ、帰ろう。」大きな声で声をかける。
こんな悲しくて、いやらしい、よどんだ社会の空気を、少しでも断ち切りたかった。
おそらく何かを察したさんぽが、表情のない顔で頷いてこっちにくる。

私は、再び大きな声で言う。
「お兄ちゃんたちも、もうやめなさい。6時だよ。家に帰りなさい。」

見も知らぬおばさんに声をかけられて、バツが悪い彼らは、少したじろいだ。
いじめる言葉を正当化して選んでいる、それだけ頭があれば、5年生なら今日はここまでになるはずだ。
さあ、ボク、今、逃げるんだよ。この場から一刻も早く。

私の一言は、何も解決にはならない。
明日には、またこの悪夢が繰り返されるかもしれない。
でも、見知らぬ町の見知らぬこどもたちに、今私は、これしかできなかった。
ごめんね・・・。

帰り道の車の中、あの光景が頭から離れない私。
きっと、さんぽだって、何か納得できないものを感じている。
ごまかしてはいけない。今日、きちんとこの出来事の意味を話さなきゃ、私の中のもやもやも消えない。

「さんぽ、さっきのお兄ちゃんたち、おかしかったよね。」
「うん・・・。泣いてるお兄ちゃんがいた。」
「何していたかわかる?」
「わからない。」
「あれは、たたかいごっこなんかじゃないよ。
4人のお兄ちゃんが1人のお兄ちゃんをやっつけてたの。
みんなで1人の子をやっつけて、弱いな弱いなっていじわるして笑っていたんだよ。」
「4人と1人じゃ、絶対1人が負けるのにね。」
「そうだよ、絶対負ける。だから、しちゃいけないことなの。
あのお兄ちゃんたちは間違ってる遊びをしてたの。
それでね・・・さんぽ。
もし、あのお兄ちゃんたちみたいに、たくさんのお友達が、さんぽ1人だけにたたかいをしてきたら、間違ってる遊びだって気づくんだよ。
そして、お友達から、逃げるの。」
「逃げる・・・?」
「間違ってる遊びだと思ったら、すぐ、そのお友達たちから逃げて離れる。
たたかい続けないで、嫌だ、助けてって、先生でもかっかでも言うんだよ。」
「誘拐の時と一緒?」
「・・・うん、そう。そうだね。
あのね。そういうたくさんの友達が、1人の子をやっつける遊びをいじめっていうの。
絶対いけない最悪な遊びだよ。誘拐と同じくらい最悪なことなんだよ。」


わかってないかな?きっとまだわかってないね。
でも、説明は必要だった。
あの光景を見たさんぽに、私には、正しい整理をさせる義務がある。

今日見た出来事、「いじめ」を一度も経験せず避け続けることは、おそらくできない。
もし、いつか同じシーンの光景が現実となって表れたら、まず身を守らせなければ。
私は、その日、ずっとそう思っていた。

言葉通りを、マジメにうけとること
嫌だ・・・だから拒否する、逃げる・・・そういう表現が苦手で下手なこと
みなに水にぬらされたことより先に、水にぬれた服が嫌で脱いでしまう・・・そういう人にとって不思議で変わった感覚を持つこと
必死で叫んだ「やめろー」という叫びにも、弱さが際立ってしまうこと。

どこか・・・さんぽを感じてしまって・・・とてもとても苦しかった。



いじめ・・・あのよどんだ空気
空気をすっていると、麻薬のようにいじめる雰囲気に酔いしれ
いじめている本人たちが、何が正しくて、どこまでが許されることかもわからなくなる。
あの、にごった空気の気持ち悪さに、気づかなければ
どこまでもどこまでもエスカレートしていく。


どうか、あの男の子の周りの大人が、あの空気を遮断していますように。
心から願う。

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ちょっと一息・・・モテモテです。

さんぽは、こういっちゃあなんですが、どうやら気に入ってくれる女の子が結構います。

去年は、クラスでボス的な存在の女の子が、さんぽにホの字だったらしくて
さんぽへのアタックを邪魔された女の子たちのドロドロした何かがあった・・・(月9ドラマかっ!)
とかなかったとか・・・(えーいっどっちよ)。

今年は、しっかりものの姉御肌、ほのちゃんと仲良し
「いつも、大人が恥ずかしくなるほど、いちゃいちゃしてまして・・・」と懇談でも言われました。
交換し合うお手紙にも、心なしか気合が入ってて、色がカラフルだったりします。

この前の手紙のさんぽのお返事は

「けっこん ありがとう

やだっ、あ・・・あんたたちっ、いったい、どういう仲なの・・・!!!

・・・・えっ?けっこんを申し込まれていた?
なんだっ、そっっそっ、それだけっ、それだけよね。びっくりした。
5歳児だということを、忘れそうになった母でした汗;


今日も、帰り道、隣のクラスのれいちゃんのママが、こっそりと

「父の日にね。パパみたいに優しい人と結婚しなさいね、と話したら、
(れいは、さんぽ君と結婚するの、だってすごく優しいんだよ)って言ってたのよ。
私はさんぽ君のことあんまりよく知らないんだけど、いやなことや悪いことをしないし、がんばれーとか優しい言葉かけてくれるんだって。れい、すごく好きみたいで。うふふ。」

あらっまあ、うふふ、うれしいわあ
そうなの、うちのさんぽ、わりと優しい方かも。
優しいというよりへなちょこよー。男の子の中にいると歯がゆいもん。
これから、男の子の中でもまれてやっていけるかしら。

「あら、根本的に優しいことは大事なことだと思うわよ。
男の子の中でもまれても、大人になった時、最終的に優しさは武器になるって。
さんぽ君いいわよー。」

そんな風に言われて、ちょっとうれしかった私は、
そばにいたさんぽに
「れいちゃん、さんぽのこと大好きで、結婚したいんだって。うれしいね。」と。

すると、さんぽ、何様かしらぬが

「れいちゃんって何歳?5歳?、それならオレと同じだから結婚できるよ。
でも、今はまだこどもだから無理無理。20歳くらいの大人になったらね。
う~ん、でも、オレと結婚したい子、たくさんいるから困るな。れいちゃんは、
さくらちゃん、のどちゃん、ももこちゃん、いずみちゃん、ほのちゃんの次になるけど、いい?」

・・・説明しだした・・・。
しかも、その内容、なんじゃそりゃ、おいおい、最悪だよ、さんぽ。


あっほら、れいちゃんのママの表情、固まってるし。
優しいイメージのさんぽが、ガラガラと崩れてるって感じだ、こりゃ。

空気 読めよーーーーー。


さんぽ、5歳。
どうやら今が 人生最大のモテ期かもしれません。
完全に 調子にのってます。
モテ期のなかっただんなは、少しねたんでいる。ぷぷっぷぷ

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お母さんたちへ贈る

今年度に入って、朝は、なるべく一緒に歩いて登園を心がけています。
学校行ったら、雨の日も暑い日も歩いていかなきゃいけないから・・・。
学校で「はじめて」の経験を減らすための、こころみなんです。

園からの帰り道は、ひだまりとそのままおきまりの公園へ
朝、涼しくて、静かな公園は、ひだまりの絶好の遊び場。
広い公園の中で、親子二人だけ、
滑り台も、橋も、砂場も、二人のもの。好きなように自由に使えるのが魅力です。

そこに、ある曜日の9時30分になるとやってくる親子が、最近ちょっと気になっています。

とってもセレブな着こなしの30代のお母さんと、お嬢さん風な服装の3歳くらいの女の子
何となくわかるのは、近くの英語塾に通っていて、その前にこの公園によっているらしいということ。

遊び盛りの女の子は、きたとたん、公園を元気に遊びだします。
お母さんは、きたとたん、ベンチに日傘をさして座り、娘の行動を常に観察。
そして、何かと遊び中の娘さんを、口でよびつけます。
「なにやってるの、ちょっとこっちへいらっしゃい。」
公園に響き渡るお説教・・・きこえてくると耳をふさぎたくなるほどの言葉もあります。
娘さんは、叱られている間黙っていて、「ハイ」と言わされています。

罵倒されるような悪いことはしていないのに・・・
ひだまりが気になって、ひだまりのするものばかりをしようとするとか・・・。
スカートだけど、ジャングルジムものぼっちゃうとか・・・。

お母さんは、20分間、始終イライラ感をただよわせながら、娘の行動を観察し、お説教し、塾の時間になると公園を去ります。
怒られて続ける娘さんを見ていると、私ですら、(早く塾の時間にならないかな。)と時計が気になります。
どうして、あんなにイライラしてるのかな・・・。家でもしかり続けているのだろうか・・・。
あれだけ細かいことで叱られ続けると、本当に悪いこととの差がわからなくならないだろうか・・。
娘さんのストレスはどこで発散されているのかな・・・。

でも、考えてみれば・・・・。
紫外線完全防備できているお母さん、きっと自分は本当は外が嫌い。でも、塾の前に少しだけ早く来て、公園で遊ばせているのは、娘さんの希望をかなえてあげたいからなんだろうな・・・、雨が降った後のどろどろの公園だってきてたんだもの。本当に、自分勝手なお母さんならそんなことはしないよね。

そして、娘さんの行動を観察し続けているのも、娘さんが気になるから。
公園に連れてくるだけ連れてきても、自分はずっと携帯をいじっていて全く子どものことを見ていないのと、こどもを監視し叱り続けるのと、どっちが我が子のことを考えているかって、ちょっとわからない。

きっとね・・・・このお母さんもわが子を大切に思っていて、一生懸命子育てをしていて、でも・・・なかなか思う通りにいかない現状に、イライラしてしまうんだろうな。
きちんとした格好で、見も知らない私にも、必ずあいさつをしてくれるお母さん、きっと外で人前で、怒り声を響かせることの格好悪さはわかっているはず。でもおさえられないんだよね。

子育てって・・・がんばっても、自分を犠牲にしても、評価されるものではないし、こどもは作品じゃないから自分の思い通りにはならない。
そんなことわかっていても、何年やっていても、うまくいかないことにイライラする。

このお母さんのようになろうとは思わないけれど、気持ち、わからないことはないんです。


おととい、ママたちとランチした時、こんなことを言ってたママがいました。
「長女の気持ちって、理解できない。私自身は3人目で、もっと要領よく生きてたから。」
そのママの長女さんは、ちょっと今、不登校気味。
とても慎重派で不安感情が強いタイプのようですが、マジメで頑張りやらしく
がんばるだけぎりぎりまでがんばって、どうにもならなくなって突然不登校になってしまったようです。
「もっと上手にずる休みすればいいのに。ずる休みの仕方まで教えなあかんのだよ。」

理解できない、なに考えているのかわからない・・・といつも愚痴をいってるお母さんだけれど
「ずる休み」の方法を教えてあげる・・・ってすごい!なかなかいい方法ですよね。
私は(長女だから?)わかります。
その子は、きっとずる休みの方法を知らないからこそ、苦しんでる。
それをちゃんと知っているお母さん、上手に対応しているよなって。

かくいう私も、本当に自分は、お母さん業って合わないよなって思います。
さんぽのことも、早く障害を告知されたから、勉強する時間があって、何とか対応を間に合わせている。
必死で理想のお母さんになろうと、努力してる。でも、
自然体の自分だったら、とても子育ては無理だった。
私って、本当は自分のことばっかり考えてる人間だから。きっと母性、ちょっと少なめなんです。
それをわかっていても、本当はそうだとしても、
現実は、演技をしてでも、あるべきお母さんの姿を追いかけようと必死になる。
だって、逃げ出せないもの。だったら、必死でやるしかないもの。


あのお母さんも そのお母さんも どのお母さんも
みんなみんな、がんばってる。

みんなみんな、もがいて、悩んで、イライラして、涙して・・・
でも、少しでも明日はもっとお母さんになろうと、必死で子育てと向き合ってる。

母性に支えられながら、でもそれだけに頼るわけにはいかず
生まれてきたわが子のこと、悩み苦しんで、何度もぎゅっと心で抱きしめながら
毎日を、我がこのために、少しでも光あるほうに進みたいと、道をさがしてる。

どれも、間違ってない。
お母さんとしてがんばってきた日々は、間違ってなんかいない。
自分の生きてきた「お母さん」を責めることは しなくていいよね。

さあ、明日もお母さんにならなきゃね。


おーいっ! お母さんたちーっ
子育てがんばろうね!

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会話の習得の違い

ひだまり(1歳10ヶ月)が最近、こんな返事をするんです。

「ひだちゃん、ちょっとトイレ行くから待っててくれる?」
「いいよー」

「いいよー。」???
ひだまり・・・こんな言葉の掛け合い、いったいいつの間に覚えたんだろう・・・?
ちょっと前まで「うん」だったのにな。

こんなこともあります。
(私が電話を終えて)「なに?もしもし?」
「パパからの電話だよ。もう帰るって。」
「ふ~ん、しょっか~。」

「ふ~ん、そっか~」って・・・。そんなあいまいな返事の仕方。
たいした話でない時には、適当な相槌までできてしまう。

明らかに、さんぽの同月齢の時と比べると、単語の量は少ないひだまり。
なのに、人と人の会話のやり取りは、何も教えなくても、それなりの言葉で返してくる。

そう・・・何も教えていないのに・・・・。
会話のやり取りを、コミュニケーションの流れを、脳がどう処理しているのか。
本当に不思議だ。

さんぽは、会話のやり取りを理解していく順番があった。

2語文は1歳7ヶ月で、その頃には100をこえる単語もあった。
でも、会話になると

「さんぽ、おかし、食べる?「食べる?

オーム返しによる、イントネーションの間違いがあった。
会話のしかたを身につけるには、私が、それを指摘することが第1段階だった。

「食べるっていうんだよ。」「食べる

オーム返しによる返事が、少しずつ変わってきてイントネーションが正しくなってきてからは
第2段階、会話の相互関係を教えること。

「ただいまー」「ただいまー」
「さんぽ、待ってた人はおかえりーっていうんだよ。」「あっそっかあ、おかえりー」

相互関係の間違いもなくなってきた頃には、頷きの便利さも教えた。

「ちょっとつまんないから外に行く?」「つまんないから外に行く。」
「じゃ、さんぽ、外に行く?っていったら、うんといってね。外に行く?」「うん」

頷きができるようになったら、会話は一気に会話らしくなってきたっけ。
会話って、「うん」だけで済むことって、すごくたくさんあったから。
私自身、頷きが、コミュニケーションの基本であったなんて、その時まで知らなかった気がします。

そうやって、2歳7ヶ月ごろ、さんぽは、自然に会話が成り立つようになったのです。

2語文がでてから一年。

私の中に、順番に順番に、一つずつ教え、一つずつクリアさせた記録がある。
当時、その流れの中にいるさんぽが、そんなに不自然だと思っていなかった。
だって、真似からはじまって、イントネーションを覚え、受け答えの違いを覚え、頷きを覚え・・・。
私にとって、それは、人が会話を習得するための、当たり前の流れだと思っていたから。
言葉脳が成長していく、その過程を、じっくり見ながら、会話の習得が少し遅いさんぽの
段階に合わせて手助けしていったように感じていた。

会話を覚えるのに順番がないなんて、思いもしなかった。

でも、ひだまりは、段階も踏まず、一気に会話を成り立たせていく。

なぜ、言葉も発せず、言ってることを理解しているかも分からないころから、問いかけに頷くのだろう。
頷くタイミングを、どうして言葉も言えない頃からわかっているのだろう。
やっと言葉が出てきたころには、どうして、すでにイントネーションを逆にして答える方法を知ってるんだろう。
どうして、「ただいま」といったら「おかえり」と、「かして」といったら「どうぞ」と、自分の側からの言葉で返すことができるんだろう。
教えなくても誰が勝手に・・・脳が???
本当に、不思議。

でも、そのわりに、いまだに、「いちご」も「りんご」も「パクパク」だし・・・
(っていうか好きな食べ物以外、パクパク)
「ちゃっちゃ」(茶)、「ちゃんちゃん」(さんちゃん)、「ちゃい」(ください)・・・ちゃ、ばっかし
ちゃが多すぎて、言ってること、よくわかんないし、
赤ちゃん言葉なんてほとんどなくって発音完璧だったさんぽに比べると、
ものの名前の量も、単語の発声も、なっっちゃいない!

そんな感じなんですけどね。

言葉を覚えるのが得意で、発音もよくって、でも、会話は、順をおって一つずつ身につけていったさんぽ。

会話は、教えられることなく自分でどんどん覚えていって、でも、ものの名前は、のんびりと赤ちゃん言葉で話すひだまり。

どっちが障害でどっちが。。。。なんて、そんなことはどうだってよくて
これも、二人それぞれの才能っつうか、個性っつうか。


覚える言葉も、覚えた経過も
とっても不思議で
人って、みんな違って、とってもおもしろいなあ・・・なんて思うのです。



ちなみに、うちでは、ひだまりが火付け役で「いいよー」がブーム。
なにかと会話に「いいよー」で答えあっています!!

「いいよー」ってね、使うと結構、優しい言葉なんですよ。

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WISCの結果・・・最大限に意味のあるものに

WISC-Ⅲの結果がでました。

以前、ブログ仲間の、幸歩さんに、「親が感じていたことが、そのまま結果にでてくるよ。」と
教えてもらいましたが、うん、まさしく、その通り。

母が見てきた、さんぽの成長
わあ、すごいと思う我が子の能力、反面、これってどうなんだろう、大丈夫なのかと思って心配していた面
・・・そのまま数字化されてきました~って感じですね。

そう思うと、母の勘って、あなどれない。
これだけ、わが子の一つ一つの成長を受け止めてきたんだもの。当然か。
いやいや、頭のいい人が開発した発達障害の検査に匹敵するほど、こどものことを知ってる母になれるのは、障害を知り、一生懸命わが子と向き合ってきた証・・・そんなふうに思っても罰はないよね。

さんぽは、感心するほど、言語性と動作性に顕著な差りがありました。

ブログをずっと読んでいただいてた方は、もしかして母と同じように予想がついてるかもしれませんね。

知識的な言語理解や単語記憶になると、水準を軽く超えますが
視覚的な絵や図の理解や操作になると、ぐっと落ち込んでいます。

優勢で言うと、聴覚的な言葉の理解や操作が、さんぽの得意とするところのようで、
視覚的な処理は苦手、特に抽象図形や空間認知が極端に弱いようです。

まあ・・・パズルはできないし、絵や字など像の認知が遅れがちなことは十分把握していて
視覚的な認知の遅れは、ある意味、予想通りなんですけど、これほど顕著だとは思っていませんでした。
IQ的には、平均してしまうので、標準の中でも真ん中になりますが
これだけ偏りがあると、学習面での何らかの障害がでてくることが予想できます。

センターの方が、指摘していたのは、「漢字」と「板書」

形を視覚的に正確にとらえることが難しいため、複雑な漢字になったときに、細かい組み合わせの違いをとらえることに困難があるかもしれない。
また、いわゆる不器用さと目と手の協応の問題から、処理速度が遅く(数字的にはこれが一番低い)
板書を写すことに時間がかかるだろう。

これは、結構大きな問題ですよね。
そして、まさしく学校での支援のポイントになります。

所見として、そういう苦手な部分をポジティブに考えた教育的対応を教えてもらいました。

・ 空間認知や、視覚的な処理の問題は、視機能との関連がある。
視機能は、トレーニングで効果が確認されている。
視機能のトレーニングを今から意識的に行うことにより、「貯金」ができる。
 
・ さんぽの場合、抽象的な図や線の組み合わせが苦手だが、意味のあるものの視知覚になればできる。
漢字ならば、部首(象形文字)の意味を理解させ、同じ部首のものから覚えさせるなどの方法をとるとよい。

・板書が苦痛になると、その後の学習能力にも影響がでる。どうしても必要な部分だけ板書できるように、色分けしたり、板書課題の優先順位をつけることで、板書が遅れることによる2次的な障害を防ぐことができる。


そう、これなんです。
私の、今回の検査で、必要としていたもの。

さんぽの特徴、さんぽの持つ個人内差・・・それ以上に、
じゃあ・・・どう手助けすればいいか、どう支援につなげていくか

学校提出用にかかれた所見には、さんぽの検査から分かる能力の偏りが軽く述べられ、
それに対する支援については、わかりやすく具体的に、しっかりとかかれていました。
もちろん、板書についても。
学校にそのまま提出、
これを読めば、学習面においては言いたいことが全てかかれてあります・・・みたいなっ!
これが、今回検査をした意味を、十分なものにしてくれました。本当によかった。
これを、就学前の学校での話し合いに、上手に活用したいと思います。

さて、ちょっと興味のある検査項目は「配列」
さんぽは、動作性の検査は、ことごとく標準を下回っていたのですが、一つだけ「配列」だけが、
上回る結果を出していました。
「配列」は、絵を経過順に並べるものなのですが、そこから、原因と結果の関係の理解や、時間の経過の理解がどうかがわかります。
いわゆる、継時処理の問題です。
継時処理が得意な場合、系統立てた説明や順を追った指示が支援のポイントになるようです。
いかにも、説明好きなさんぽにふさわしい感じで・・・。あまりにわかりやすい結果に笑えるほどです。

でも・・・何かあったときには、丁寧に順序立てて説明してきた・・・
その今までの対応が、さんぽには間違っていなかったこと
それが確認できたことも、母にとってうれしい事実です。

もう一つ、検査結果に、大事な意味がありました。
それは、だんな。今までは、
私が、就学に向けて動こうとすると、「さんぽは、学習ではそう問題ないだろ」なんて、なんの根拠もない主観的な思いで、支援級の要素などこれぽっちも考えていない。
私がずっと心配していた絵や字の問題も、「男ならそんなもんだ。幼児から、家で文字をやらせるなんて気に入らないな。教育ママがお受験させるみたいだぞ。」なんていう。
就学前に学校にさんぽの障害について話すことも、「障害名が一人歩きして色眼鏡でみられるだけ。障害をいう必要はない。何も学校にアプローチしなくても、さんぽは大丈夫だ。」と断言。
(まあ、好きなように言わせておいて、私は勝手にすすめてますが。)

そんなだんなも、さすがに数値ででてきた客観的な検査結果に、真剣になっていました。
「バリバリのLDだな・・・。そっか、やっぱり、今できることしてあげないとな。高学年になると通級もあるかもしれないな」
やっと・・・わかったか・・・・この鈍感男が。
「今から、漢字も教えてみるか。」
またそんな急な。
でも、そんなんでも、パパがさんぽの困り感を理解してくれた、その意義は大きい。
これで、環境も整えず、理解なしの学校に放り込んで、「さんぽは大丈夫」なんて言うことはないだろう。


ああ・・・一気に、準備は整えられた。
この結果が、私のこれからの力になる。


何度も唱える。

大切なのは、さんぽが生きやすい環境を整えてあげること
そして、さんぽを、どう支援していくかということ




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補助輪なし自転車

ちょっと「やったね!」的な報告があります。

さんぽ、補助輪なし自転車にのれるようになりました~

この補助輪なし自転車。
早い子だと年少さんから取り組み、年中さんでできるようになるとちょっと自慢したくなっちゃう感じ。
年長さんになると、ほとんどの子が一度は取り組んでいるという、
こどもにとって、「できるかできないか」がちょっと気になるシロモノです。
親にとっても、それは同じようで、ママの話に「自転車補助輪なしでのれる?」が結構話題に。
年長になってまだ取り組んでいないと、あせりの声もきこえます。

けれど、何てったってこの私、補助輪なし自転車にのれたのは、小2・・・てへっ。
運動が苦手だった私は、取り組むこと自体も遅かったと思います。
だから・・・別にさんぽができなくても構わなかったというか・・・できなくて当然?ぐらいな気持ち。

だってさんぽは、三輪車がこげるようになったのが4歳ごろ。明らかに遅めでした。
補助輪なしでの自転車なんていうのは、おそらくさんぽが苦手。
そういうものに関しては、さんぽの気持ちが拒否してる間は、こっちが働きかけてもあまり効果がない。
パターンは把握しているので、こちらから声かけはしていませんでした。

発達障害の子にありがちなパターンといえば、新しい活動に対しては拒否が続き、
「だんだんできるようになってきたねー」という徐々にうまくなる過程なしに
ある日突然、いきなり完成状態を見せられる・・・みたいな。
さんぽにも、過去に、トイレトレーニングなしで、ある日突然その日から、自分からトイレでおしっこできるようになったとか、そういうパターンがありました。
医師には「階段状の成長」(健常児の「なだらかにのぼる成長」に比較して)と言ってましたが。

新しい何かに挑戦する
そういう活動の場合、さんぽたちは「拒否拒否拒否・・・の平行線の後に、突然階段をのぼってクリア」
そんな予想をたてておくと、親もあせらず、見通しがたてられます。
拒否している間は、時折刺激を与えながらも、強制せず、その気になる日を待つ。

今回も、そのパターン通り構えていたのが、成功したかもしれません。

その気になる日は、思いがけず、早くやってきました。

今回のきっかけをつくったのは、お友達
気持ちを高めてくれたのも、背中をおしてくれたのも、お友達です。

仲の良い友達が、補助輪なしで自転車にのるところを、見せてもらったのです。
しかも、まだ、よたよた・・・おっとっと。
そんな友達の未完成状態が、さんぽを奮起させたようでした。

その場で、「オレもやる。」と言い出し、そこで練習が始まりました。
お友達は、ずっとそばについて、見守ってくれます。
時には「さんちゃん、すごい」「さんちゃん がんばれ」と、上手に声をかけてくれます。

最初こそ、私の、後ろの支えがいりましたが
そのうち、お友達の上手なサポートに、自分だけでやりたがるようになり、
私はそこにいる必要がなくなってしまいました。

私が必要だったのは、最初の10分
後は、お友達とさんぽにお任せです。
そして、その日、1時間半練習した頃には、
さんぽは乗り出しもカーブも自由自在にこげるようになっていました。

ペダルをこぎながら自慢げに振り向く、本当にうれしそうな顔
その後ろには、同じようにペダルをこぎながら、にっこり笑うお友達


そっか・・・。
保育園で突然できるようになった、鉄棒もうんていも登り棒も
みんなこうやって、お友達にきっかけと応援をもらってたんだな。
そういう苦手な活動ができるようになるのにも、もう私は必要なくなっていたんだ・・・。

ついこの間まで、私の応援の声が、何よりも 気持ちを高めるアイテムだったはずなのに
もう・・・さんぽにとって、最高のアイテムは、お友達の声になっていたんだね。

さんぽの
ぎゅっと握りしめていた小さな手が、少しずつ少しずつ離れていく。。。


夕焼けに照らされて、影をつくる二つの自転車は、とびっきりきらきらしていました。

私は、そのずっと後ろで、二人を追いかけながら

なんだかすっごくうれしくて

なんだかちょっときゅん・・・としていました。


さんぽ5歳9ヶ月、補助輪なし記念日です。

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理解をこえて、支援にたどりつく・・理解の意味はそこから

さんぽの懇談会がありました。
今回の担任先生は、見るからに、さんぽにとって不安要素の少ない感じです。
穏やかな表情、落ち着いた声のトーン。感情の激しい起伏を感じさせない。
さんぽにとって、不安の感じない先生が、作り出す優しい教室の中で
不適切な行動や不安行動はおこることはなく、驚くほど順調に日は流れていっています。

実際、今回の懇談は、この私ですら
「特にこれといって話すことはないかも」みたいな状況で(順調すぎ?)。

でも、せっかくなので懇談会であのことについて話そうと思っていました。
それは、先日、さんぽが大喜びで帰ってきたエピソード。

さんぽが、保育園から帰ってくるなり、「今日イスとりゲームしたんだよ。」と言ったときのお話です。

さんぽは、あの手の集団での勝負ゲームは、楽しさより、失敗する怖さや不安が先立ってしまってダメ。
年少のときは、ワンワン泣きながら、強迫的にやったときいてるし、
年中のときは、泣かないでやったものの不安行動が続出、家で「あういうみんなでやるゲームはオレは嫌いだ。何も楽しくない」と言って怒っていました。

では、年長になっての様子は?
今回は意外にもこんなことをいうのです。
「前とね。ルールが違ったんだ。誰も負けないんだよ。オレ、すごく楽しかった。」

きけば、1回目は、よくあるイスとりゲームのルールをしたのだけれど、
2回目は、イスに座る人のひざにも座っていいというルールだったらしいのです。

「ひざの上にちゃんと座ればいいんだ。みんな勝ちなんだ。だから、すごく楽しいんだよ。」
素敵ないいものを見つけたかのように、鼻を膨らませて興奮気味で話すさんぽ。

きっと、はじめて、集団で行うゲームを楽しいと感じたんだろうな。

集団ゲームは、多くの子が楽しむ活動です。
教師や保育士側にとっては、簡単にこどもたちが盛り上がるので、手軽に使いやすいアイテムです。
でも、さんぽみたいなタイプのこどもにとって、本来の楽しさを味わえないどころか、
そのゲームの時間が過緊張を強いられ続ける、恐怖の時間になることは、わかってもらえにくい。

その時、「みんなが楽しんでいるのに、楽しめないなんて面倒なこどもだな」ととらえられず、
「このやり方だと楽しめられないこどももいるんだな。どうしてかな」と考えてもらえた時に
「理解」が生まれる。

そして、「このやり方なら楽しめるかな」と先生にとって当たり前だったルールに、少し手だてを加えてみてもらえた時に、
そこから「支援」が生まれる。

担任の先生が行った、「誰もが負けないようにするルール」
それこそが、まさしく支援。
ごく自然に、そういった対応ができる先生だからこそ、
今年度、さんぽが落ち着いて生活できるんだなと 改めて思うのです。

逆に
何となく・・・昨年度の先生と最後までしっくりいかなかった理由が分かった気がしました。
ベテランで、細かいところによく気がつき、指導内容もしっかりした考えの持ち主の昨年の先生。
けっして、さんぽを邪険にしたとは思っていない。
先生なりに、発達障害の特性や対応を勉強され、むしろ、さんぽの行動をよく見てくれたと思う。

でも、昨年の個人懇談で、こんなことを言われたのを思い出すのです。
「5月から、帰りの前に、私の思うこと(生き物を大切になど道徳的な)お話をする時間を設定したんです。でも、話をすると、さんぽ君は手のひらをひらひらさせて首をかしげている。発達障害のお子さんは、想像力がないそうですので、さんぽ君もおそらく私の話が想像できず、わからないんだなと思いました。ただ、私としてもみんなに話したい内容なのでその時間は続けます。その時間はさんぽ君に我慢させることを了承ください。」


これをきいた時、私の中で「あれ?なんか違う」的な、違和感が残ったのを今でも忘れない。
どこか、差別されたような・・・悔しさが残った。

手のひらをひらひら・・・まさしくさんぽの混乱状態を物語っている。
先生は、そこに気づき、こういう話は理解しにくいんだなと気づいてくれている。
そこで、「変なことしないのよ」と叱ったり、「話をきいていないな」とイラついたりせず
その原因に、さんぽの特性があると、考えてくれている。

そこに確かに、「理解」が生まれていたのだ。

でも、「さんぽは特性から想像できない。でも普通のほかのみんなは想像できること。
だから、ほかのみんなに合わせた指導をして当然、さんぽ君は我慢してもらうしかない」
その考え方に、私はひっかかっていたのだ。
そう考えてみると、膳担任の先生は、理解をしてくれたけれども、1年を通し、最後まで、そういう指導だったように思う。

「理解」が「支援」へつながってはいなかったのだ。

先生は、理解しようとしてくれている、私のお願いしたことは気をつけてくれている、そう十分に感じながらも、
昨年度の間中、どこか、理解されればされるほど、仲間はずれになっていくようなそういう思いが常にあった・・・その理由。
それは、
理解が支援につながっていない、そこにあったんだと。


「理解」という段階をこえて、「支援」にたどりつく、

そこには、大きな壁があるのかもしれない。

特に、古い体制を守り続けているベテランの先生や、
学校の幹部にいるような古株の先生たちほど、その壁は余計に大きいように感じる。
逆に、今回の担任の先生のように、若さゆえ、理解をもとびこえて、先に支援にまわれる・・・案外そういうこともあるかもしれないなと思う。

それでも、私たちが始めるのは、最初は「理解」してもらうことからだ。
そう、多くの教育界の先生たちに理解してもらい、今までの誤解をといてもらい「発達障害のこどもの特性」を認めてもらうことがやっぱり必要だ。

でも、
理解が理解だけで終わっては、何も救われない。
特性だけが一人歩きし、色眼鏡で見られただけでは、差別と変わらない。

そこに「支援」があって、初めて、理解が意味があるものになる。

本当に大切なのは、「どう支援するか」。
そこなんだよな。

そんなことを思いました。


ちなみに
個人懇談の前に、さんぽに、「先生に伝えたいことはない」か、ききました。
「先生はね。まだ怒ったことがないんだよ。だから、オレ、先生の怒った顔がどんな顔か気になるんだ。」
さんぽとしては、先生の「怒った顔パターン」が自分にまだインプットされていないのが、心配なようです。
でも、一番教室が落ち着かないこの時期に、まだ怒った顔を見せたことのない先生ならば、
今後も、形相を変えて怒ることはないかもよ、さんぽ。

そして、こんなこともいいます。
「オレ、優しいから、先生のこと大好きなんだ。そう伝えておいて。」

その通り伝えたら、先生は、ちょっと顔を赤らめて照れてました。
やっぱ若いなっ、先生、うふふ。

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WISC-Ⅲ、適切な検査でした

教育センターで、早速、WISC-Ⅲを受けてきました。
結果は来週に所見とともに、教えてもらえるようです。

でも、受けたその日に、担当の心理士さんが検査中のさんぽの様子を観察した所見を
お話してくださいました。

その対応も、私の希望通りであったし、検査の方法自体も、とてもよく考えられているなあと感心しました。
本当は、医師のもとで、受ける予定でしたが、あえて教育センターにして、よかった・・・。
本当の検査というものは、こういう環境で行われるのだと、納得しました。
医師のもとで行った田中ビネーでは、本当にいろいろ疑問が残りましたから。

医師については、信頼しているんです。
もともとその医師は、そこの病院で働いているのではなく、増えてきた子どもの発達についての外来のために、月1で出張としてみえているので、その病院自体に、こどもの発達をみる施設が整えられていないのだから、仕方ない。
その医師として、精一杯できる範囲でのことだと思います。
でも、検査は、いろいろなものが置かれ雑然とした事務室で行われるし、そこを行き来する人たちのざわつきも否応なしにきこえてくる。
狭いところでの対面の検査は、検査される側とする側が、必要以上に近く、圧迫感を与える。
検査する人も、多くの検査をこなしていないので、慣れていない。
医師は、忙しくて、検査を受けている様子などは、実際には見ていない・・・。
そのような状況では、やっぱり、適切な所見は無理だったよな・・・という気がしました。

教育センターの検査は、「検査室」とよばれるにふさわしく
適度に広い空間の中で、すっきり整然とした環境がつくられており、検査する人とさんぽの距離も、適度に守られていました。
太陽の光が心地よく入るその明るい空間は、私でもなんだかほっとする。

検査は、検査する人と、さんぽ。そしてさんぽの担当の心理士が、視界に邪魔にならないところで観察しながら行われました。
最初に、見通しをたてるために、「検査項目」のシートがおかれ、一項目終わると、さんぽの手でその項目を片付けていきます。これなら、「まだ何をやるんだろう」「いつ終わるんだろう」という不安で混乱することもない。
さんぽは、1時間半の検査、最後まで「まだやるの?」「いつ終わるの?」ということもなく、集中して受けることができました。

途中、あくびが3回続けて出たときは、担当の心理士が声をかけます。
「一度お茶を飲もう。それから、ひだまりちゃんとお母さんは、もう外に出て行ってもいいよね。」
そういう一息つく間を確保してくれたり、確認をしてくれることが、私もさんぽも安心感につながります。同時に、検査の問題をといたさんぽの答えを、検査する人が、あってても間違っていても
「うんうんそうだね」と頷いてくれることがうれしい。
その一言が、どんなにさんぽの「間違ったらいけない」という強迫感を減らしてくれたことでしょう。

終わった後のさんぽは、スッキリした表情で、後になって検査の内容をいろいろ話してくれました。
検査内容をしっかり覚えていたなんて、落ち着いて受けていた証拠ですよね。

適切な環境においての、丁寧な対応の検査

たとえ、IQ自体に大きな差はなかったとしても、あれだけの負担をかける検査が、苦痛に強いられたものか、落ち着いて過ごせたものなのか、その経験の違いは大きい。
5歳の子に、大人の都合で、自由を束縛し負担をかける検査・・・それは、無駄に不安をあおるものではなく、より適切に、よりベストな状態でできるものであるべきだ。

信頼していた医師や、「教育センターにいかなくてもいい」と言った町の心理士に対する、
後ろめたい思いもあって、ここにくることをためらっていたのですが、
やっぱり思い切って、ここでWISC-Ⅲを行ってよかったと思います。

私たちには、わが子に必要なものを、探し選ぶ権利がありますから。


ちなみに、最後にお話された、検査中の様子からわかる、さんぽの特徴
→の後は、心理士さんがお話してくれた、ポジティブな考え方です。
この、ポジティブな視点が、とても参考になりますよ。

・ 1時間半の間、足をぶらつかせたり、姿勢を崩すことなく、落ち着いて集中して取り組んだ。
分からなかったことが不安で、後にひびいたり、長い時間座って取り組むことにイライラすることも見受けられなかった。
→1対1の信頼できる関係であれば、失敗をひきずったりせず、気持ちを切りかえることができる。
また、活動内容の見通しがたっていれば、集中して長時間取り組むことができる。

・ 問題の指示の言葉では理解できないことが2回ほどあった。ただ、わかりやすく説明しなおすと、すっと取り組めた。
→新しい環境や新しい活動における説明の際、正しく理解できていないときがあるかもしれない。おそらく、今は周りを見て気づいたり、一度経験をすることで、修正している。入学1年間は、先生に、新しい活動や行事の説明時に、少し丁寧に対応してもらえると、より混乱なく過ごせるだろう。

・ 抽象的なものを作成する形の組み合わせは、あまりできなかったが、具体的な絵を作成する形の組み合わせはできていた。
→抽象的なものの全体像を想像することは苦手だが、経験したり、知識として見立てることができれば構成を想像することができる。 

すごくわかりやすいですよね。
ポジティブポイントから、支援の方向が見えてくる。
まさに、検査のやる意味がこれですよね。

次の検査結果から分かる所見が、楽しみです。

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就学準備・・・教育センター

すったもんだあったので、報告が遅れましたが、
実は、教育センターに連絡をとってみました。

親の会の方から
「教育センターで発達検査を受けると、就学用に所見をかいて、学校に提出できるものを作ってくれる」ときいてから、ずっと迷っていました。
町でお世話になる臨床心理士からも「教育センターに相談する必要はない」と言われたし、
医師が、もう少し後で学習面での偏りが分かる発達検査をするといってくれていたし
これ以上、あちこち行くのもどうなんだろうという思いもあって・・・。

でも、元教員であるからこそ、私は
学校というところが、保護者の言葉だけでは、本腰を入れたやり取りにならないことや
持っていった資料も、その場だけで終わってしまうことが予想できる。
そして、逆に「うるさい親だ」というイメージだけをうえつけやすいことも。
さんぽのような、一見してわからないタイプのこどもに対しては特に
不安行動も困難も、理解してもらえず、不登校など何か不適応があった際には「うるさい親だからこうなった」になりかねない。
学校に理解してもらうために必死で話ににいくことが、逆にあだになるなんて悔しい。

でも、私たちもしつこい訪問セールスみたいにならないよう、手だてがいりますよね。
訪問販売の人が、売り出したい商品について、いくら褒め上げても、なんだか信用ならないのと一緒で。
口コミとか別の人の評価とか、客観的なものに、耳を貸したくなるのと一緒で。

やっぱり客観的な立場の人・・・専門の人からみたさんぽの所見がほしい。
さんぽみたいな、受動的でパニックのない、おそらく先生を直接困らせる行動がおきないタイプこそ 
保護者ではない、専門分野において教師をこえる人の言葉が、どうしても必要だと思うのです。


ただ、町の臨床心理士には、私の中に、どこか信頼をおけない面があるし、
医師は優秀な方だけれども、何しろ忙しすぎて、丁寧な所見はのぞめない。
先回行われた田中ビネー式では、知能指数も教えてもらえなかったこともひっかかる。
「診断書がほしい」と言ってみたら、「問題がおきたらでいいのでは?」と言われてしまったことも。

少し躊躇感は残り、何度か受話器を持つ手がためらったものの、やっぱり教育センターに電話を入れました。
「就学のために、発達検査をして所見をかいてもらいたい。」
そう、単刀直入にいきました。

待って1ヶ月、最初の面談がありました。

まずは、さんぽの観察
そして、今日の観察だけでわかる、さんぽの特徴をあげてくれました。

・言葉の知識が高いわりに、人を描いた絵が幼い。
耳がなかったり、手のひらがなかったりすることから、ボディーイメージがまだできていない段階。
活動したり、真似るときに、からだのどこをどう動かすか読み取れていない。

・会話ややり取りなどは、極普通で問題が感じられない。それで、友人関係が良好で集団行動にも目立つ要素がないとなると、大きな2次障害がでてこなければ、発達障害の診断を明確につけ、学校に提出するまでのことはないと医師は考えているのではないか。

・文字の全体構成が見えていない。全ての線をパーツで見ていると思われる。
漢字など複雑な線の組み合わせになったときに、困難を感じるかもしれない。
方法としては、書き順から入ること、線が色分けしてあるものを使って構成を意識させることなどがある。手だてによって、構成がわかると、すんなりいく場合もある。

・不安は強いかもしれないが、今回のように新しい場所でも落ち着いて適切に指示に従える。経験の積み重ねや、最初の丁寧な対応で、自分で克服できるタイプかもしれない。こういうタイプは何もかも新しい環境になる1年生の段階で、丁寧な対応や配慮があるかないかで、その後が大きく変わる。学校に、発達検査の結果をこちらの所見とともに提出することは、意味があることと感じられる。

そして最後に、早いうちに、WISCーⅢ発達検査をおこない、どこに苦手があるかを明らかにし、
この1年の間に、文字など、困難があると思われる面は、トレーニングも少し行うこと、
その上で、学校提出用の所見を作成していくことを話していただけました。

・・・さすがですね。
ああ、こういうことを、望んでいたんだよな。私。
なんだか、肩の力が抜けたというか、ちょっとした脱力感。

ずっと、就学までにあれとこれとしておかなきゃと思って、力が入りっぱなしだった。

学校と保育園と教育委員会をつなぐ町の心理士が、さんぽの就学までの流れを、うまくコンベアーにのせてくれるはず。
そして、さんぽ自身の生活環境の変化のための準備は、医師からの助言どおり、この1年の学習教室での経験が大きく役立ってくれるだろう。
さらに、教育センターでWISCーⅢを受け、さんぽの個人内差を知り、適切な支援の方法を見つけ、それを客観的な資料として、学校へ提出できる見通しもできた。

今、私のできることはやれたかな。

後は、学校との面接を待つ。
それまでに、じっくり丁寧に、どう伝えていくか練り上げておこう。

WISC-Ⅲ発達検査は、早速6月に予定しています。

丁度、通信大学で、発達検査の意味、さらに方法や結果の生かし方を勉強したばかり。
なんてタイムリーなんでしょう。
せっかく検査をするんだから、結果をこれからの支援に役立てたいな。
田中ビネー式検査の二の舞はごめんだな・・・。

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