ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

就学時検診

まだ、通院記録が続きですが、タイムリーな話題を一つ

今日、就学時検診でした。

学校とさんぽが接点を持つのは、今日がはじめてです。

本当は、就学時検診までに、客観的で専門的な立場の人からさんぽについて
学校に話があるとベスト(就学時検診の時に、学校がさんぽをチェックする状態がいい)
・・・と思っていたのですが
頼りにしていた町の心理士さんに、あっさりふられたため
(以前、記事に書きました。)
不本意ながら、私が、学校にさんぽについて赴く第一歩が、この就学時検診になりました。

ただ10月・・・というこの時期に、学校と接点を持つことは、割といいタイミングだと思います。
これは、元教員としての経験からです。
わが子の就学を支援級か普通級かに迷われている方は、支援枠の関係があるので、もちろん早い段階で相談しなければならないと思いますが、
普通級でいくとすでに決めていて、入学前に事前に支援のための懇談をしたいと思っている方は、就学時検診は、ポイントだと思います。

なぜかというと、
10月前は、今年度の予定でいっぱいいっぱいで
来年度の1年生について、学校が考える余裕がない。
勿論、就学指導委員会などの担当は早くから動いていますが、
校長もはじめ、ほとんどの先生方が、まだ次の1年生に目が向いていないのです。
あまりに前であると、親の思いをよそに、後回しの材料になりがちです。

でも、学校説明会が行われる2月ごろは、教師は多忙で、次年度の仕事に追われています。
次年度の1年生の担任を誰にするかは、年明けから話し合われているし
来年度の1年生のクラスわけも、そろそろ始まってきます。
2月ごろでは、もう遅いのです。

消去法ではありますが、だから10月ごろの就学時検診が、チャンスです。

実は、町の心理士は、私に
「学校に話すのは、担任がきまってからでいいでしょう。
あまり早くに学校に先入観を入れるのは、よくないですから。」
といいましたが、前述の理由から、はっきりいって、学校事情をわかっていないと思いました。

それに先入観は、さんぽたちの場合あった方がいいですよね。
「なんだか大変そうな子だから、ちょっと気をつけて見ていかないと。」
早くから学校の先生たちに支援の準備をしてもらって、一番不安な(最初の)時期に、一番丁寧な対応をしてもらう方がいい。
先入観がなかったら、目立つ子どもたちの影になり、一番支援の必要な時期に、放任されてしまうのがおちですよね。

さて今回、
就学検診自体も、さんぽにとっては、見通しの立たないことなので、
家では、シュミレーションを何回かしました。
内科検診と歯科は、まあ保育園で多く経験しているからOK。
練習したのは聴覚検査と、視覚検査。家で練習するのは、意外と簡単ですよね!
それから、知能検査もどきのことを、市販のドリルで数枚、前日にやらせました。

それから自信ありの秘訣もあります。
先週に学校で学習発表会があったので、さんぽを連れて鑑賞に。
そのついで(問題:どっちがついで?)に、学校のトイレに1人で行かせたり
廊下をちょっとつたって、教室をのぞかせたり、椅子に座らせたり・・・(正解:発表会がついで!)
先生に見つかった時には、「あっすいません。来年入学するので、ちょっと気になって。」
とごまかして、そそくさ逃げる。
そんなふうに、しっかり就学時検診用の下見もしてきました。ウヒヒぷぷ

秘訣がきいたか、当日のさんぽ、不安な表情はしていましたが、
就学時検診の間、最後まで、自閉スイッチが入りませんでした。

うんうん。いい出だしでしょ。

さあ、次は私の行動。
どの先生に話をもっていくと、ことが早そうか、就学時検診説明の間に、先生をくまなく物色!!
これも、教員の経験からですが、就学時検診を担っているのは、学校の幹部の方が多いのです。
初めての懇談としては当日、日程の説明や司会をされている先生を狙うのが、はずれなしでしょう。

さんぽの場合は、司会をしていた教務主任に、的をあてました
学校の中では、校長、教頭の次に学校を動かす力があります。
さらに、なんと、たまたま向かった相談室に、教育委員会の就学指導主事の方がみえていて
一緒に話をきいてもらえることになりました。
なんてラッキーなんでしょう。
学校を動かす力のある方に注目してもらうことで、現場の理解が広がるきっかけになるかもしれません。

懇談は 持参した、さんぽについてのA4 1枚の資料をもとに進めました。
資料は、ごく簡単に、主観的なことはできるだけ排除し、事実だけを簡潔に並べました。
今回は「学校に個人的な意見を述べる」というモンスターペアレント的な要素を一切なくし、
私に注目をおかれることなく、さんぽの実態だけを、正しく把握してもらいたかったからです。

これから就学時検診に向かう方もいると思うので、参考に内容をかいておきますね。

①一般的な情報(知りたいことが一覧でわかるように)
 名前、年齢、性別、園名、園の連絡先、住所、電話
②一般的な診断名(教師側が理解しやすいようによく知られた名称)
③今までの経緯(療育先、検査の有無、普通級を希望した経緯)
④担当医師・心理士(さんぽの場合は、町の心理士、医師、教育センターの担当名)
⑤発達状況(WISC-Ⅲの結果、そこからわかる客観的な事実、学校で困難になると思われること)
⑥仲のいい友達

要望として、口頭であげたことが2つ。
担任・特別支援コーディネーターとの事前の懇談を設定してもらいたい。
実際のところ、学校に入ってみなければわからないことが多いので入学最初の頃は特に丁寧に学校側と連絡をとりあいたいということ。

えっ?それだけ?って?

ええ、まぁまずは。
幹部の方にお話でき、今回の資料をもとにさんぽの実態を把握してもらえれば
とりあえず、いわゆる「ダメダメ担任」があてがわれることはない。
具体的に話した友達の名もクラスわけで意味があるものになるのではないかと予想できます。
園との連絡、町の心理士との連絡も、ここ数日の間に幹部の方で行うことでしょう。

先生とクラスわけ、周りとのネットワーク
・・・一番早く学校側に対応してほしい要望は、伝えたようなものです。

この先は、いよいよ学校が、来年度に向けて本腰を入れだし、
おぼろげながら担任も決定しつつある2月に勝負をかけます。


何となく、手ごたえを感じた今日一日でした。


さんぽは・・・と言えば
やってました!久しぶりに 刺激の整理
今日一日の検査での出来事を、ぬいぐるみで再現していました。
ひだまりが、喜んで相手になってました・・・・。

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通院記録ー隠されていた自閉スイッチ

先日、さんぽの今年の定期通院がありました。

今年の・・・という一言がつくのは、さんぽの発達障害について、医師から診てもらい、サポートしてもらえるのは、年に1回だからです。
それでも、幼い頃は、地域の心理士さんやら、療育、大学病院の通院もあったので、いろいろな立場の方からサポートしてもらっている実感はあったのですが、
保育園に入ってからは、さんぽの障害に基づく様々な対応の悩みやこれからの課題へのアドバイスは、
年に1回のそれに、すがりつくしかなくなりました。

登園しぶりが続いている年少の頃は、ただただその日を待ちに待ったし、
登園しぶりではない形で、ストレスが勃発していた年中の頃は、
どう対応すればいいかお手上げで、ききたいことが山積みでした。

でも、今年は・・・、年に1回のその日を、あやうく忘れるほど。
とても落ち着いて生活しているさんぽ、就学の漠然とした心配以外に
医師に相談する内容が思い当たらなくて・・・。
そんなことは、6年目にして、はじめてです。

改めて、今年度のさんぽの良好な状態を確認しました。
そんな時は・・・
さんぽ自身の経験と、周りからのサポートの中で今があることをすっかり忘れて、
さんぽに障害があるなんて・・・間違いじゃないか、
医師の診断がはやすぎただけなのではないか・・・なんて
また、ばかばかしい思いが浮かんでは消したりします。


でも・・・
今回の診察の様子は、久しぶりに、さんぽの根本に持っている「自閉スイッチ」を確認することになりました。

その日は、保育園の行事があった後の診察で、さんぽは疲れていた・・・。
しかも、前の人の相談が遅れていて、待合室で約2時間。緊張の持続が限界に来ていた・・・。
さんぽが普段見せようとしない自閉性が、オープンになりやすい状態だったのだと思います。

待つこと2時間、緊張のピークも過ぎてしまった、終わりの見通しがたたない中
さんぽの表情が、徐々にあまりよくない感じになってきたのが、見て取れました。
やっと名前がよばれたさんぽ。半ばだらだらした様子で診察室に入ります。

座ったイスに背をつけ、ふんぞりかえったように足をあげたさんぽに、一言
「前と同じように話をするだけ。先生の話の間、イスから足をおろそう。」と声をかけました。
さんぽは、足をおろして姿勢を正しました。

医師が、さんぽに話しかけます。
運動会の話や園の話の時は、はきはきと即答していたさんぽ、
話が「もうすぐ小学校だね。」となった辺りから、返事の仕方が変わってきました。

顔を横に向け、嫌なものを見るような目つきで、面倒くさそうに
「わからん」「知らん」「はぁ?訳わからん」
姿勢は、どんどん崩れていき、イスに足をあげ、靴下の中に手を入れたり、やたらに足を掻いたり・・・。
あまりに見かねて、「さんぽ、イスから足をおろして!!」と、注意しました。
でも、もう、さんぽは従いませんでした。

私のイライラ感を察して、医師が「お母さんとお話しするけど、さんぽ君は何をする?遊ぶ?街をつくる?ここでじっとしてる?」とききました
そんな、選択できることですら、さんぽの答えは「わからん。」・・・。

さんぽの中で、パニックがおきている。
混乱して、問われていることも、話しかけられている内容も、きっとぐちゃぐちゃになって、頭で考えられなくなっている。
わかっているのに、さんぽの今の姿に、私は

なんで、だらしない姿勢をするんだろう・・・・
どうして、わからないなら「わかりません。」と場をわきまえて答えないんだろう・・・
ただ選ぶだけの質問にさえ、ふてぶてしい態度でそっぽをむくなんて・・・

ただただ、情けない想いでいっぱいになって、腹が立ってくる。

医師は、こういいました。
「こうなっちゃうんですよね、さんぽ君は。自閉スイッチが全開になっちゃうと。わかりました?」。

「きっと、小学校のこと、わかんないな、何て答えたらいいのかな、どうしよう・・・と思った。
で、不安になってきて混乱する。
その状態を自分で回避しようとする。
それが、あういう姿勢になったり、言葉遣いになったり・・・ね。
さんぽ君なりに必死で、不安から逃れようとしてる。それが、あういう形で現れるのです。
お母さんが一回注意しましたよね。でも、意味なかったでしょ。
不安解消の方法があの態度なのだから、現れている行動への注意は意味がないんです。」

ーーーすいません・・・。私、思わず、イライラしてしまって。あういう姿は、あまり見ないもんで・・・。
    最近は園からも、よいことしかきいてなくて。園でも、あういう姿見せてるんでしょうかね。

「今の生活は、落ち着いているようだし、運動会も立派にできたようなので、おそらく園では滅多に現れてないと思います。
さんぽ君は、経験があればできるのです。
2年半の経験で、さんぽ君にとって園生活の不安は、今はほとんどない。
園の先生が、園生活では何も心配ないというのも、本当でしょう。
さんぽ君は、経験が積み重なって、不安がなくなれば、正しい行動ができるから。
・・・・でも、まだ経験したことのない、学校ではどうなると思いますか?」

ーーーさっきのような態度を見せちゃうかもしれないってことですね。

「見通しが立たなくなって、不安に襲われて、一旦自閉スイッチが入ってしまうとああなる。
理解のない先生が、カーッとなって、さっきのお母さんのように注意をしだしたら、止まらない。
でも、さんぽ君には注意が入らなくて、悪循環になる。
だから1年生の先生は、待てる、理解のある先生に担任してもらう必要がありますね。
そこのところをね。学校に伝えていくんです。」

ーーー不安を解消する形が、わかりにくくなってしまったんですね。
    前なら、視覚遊びをするとか、わぁわぁ泣くとかだったのに・・・。
    そういう形で表現していたときは、対応しやすかったけれど、あの形で現れると、学校の先生に理解されにくいですね。

「不安を回避する形は、年齢とともに変わっていきます。
見通しが立たないと混乱する、小さな変化や刺激に不安が高まる、その性質は、治ることはない。
それが、さんぽ君の持って生まれたものですから。
いくら、表に出さなくなったとしても、そのことをお母さんは忘れないでください。
さんぽ君たちは、全て経験することで、自分で不安を何とか解消する方法を見つけていくのです。
経験してないことは、不安でいっぱいなのです。」


医師からの言葉を聞いて、改めて気づきました。


さんぽが、さんぽの中で、変化を遂げていくことは、どれほどすごいエネルギーであるかということ。

経験したことを、自分なりに必死で分析して、
やっと一つ、不安材料から逃れる術を身につけて

自分とは違う心を持った社会にとけこむために、

何よりも、自分自身を守るために、

さんぽは、見通せない不安でいっぱいで、小さな刺激でびくついている自分を見えないように
全力で、ぬり変えていく。


その過程を忘れちゃいけない。
今の表面の姿だけをとらえて、簡単に、「今のさんぽに障害なんてないのでは」なんて思うことは
さんぽに対して、どんなに失礼で酷なことなんだろう


今のさんぽをつくってきたのは・・・

音も映像も怖くて、テレビが何一つ見れなかった、あの頃のさんぽであり
滑り台で後ろから近づいてくるお友達に恐怖を感じて、パニックになったさんぽであり
大勢いるところでは、いつも視覚遊びをして、不安を表していたさんぽであり
知っている教室の掲示が変わると、泣きわめいたさんぽであり

そういう自閉スイッチをいっぱい持っていた、あの頃の幼いさんぽ。

あの頃のさんぽを、私は、なかったことにしちゃいけない
あの頃のさんぽを、私は、大切にしなきゃいけない

そう思いました。


通院記録 まだ続きます。

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保育園最後の運動会

この連休中、さんぽの運動会がありました。
運動会は3回目、保育園で最後の運動会です。

毎年、運動会がくると、さんぽが不安定に。
年少の時は、当日朝、泣いて家をでられなかったし、
年中の時は、「あれが嫌だこれが嫌だ」と一通りぐずって見せてから、でかけました。
でも、今年は、「楽しみにしてね。絶対見ててね。」というさんぽ。
出番の多い、年長さんの運動会。
自分なりに、今までの練習から「うまくいく」という見通しがたち、楽しみが不安をこえていたようです。

今年は、メインはオープニングの鳴子躍り。
踊りは、すきだし、得意なさんぽ。
練習中から、気合十分だったようで・・・。
いろいろな先生に、「さんぽくん、すごいはりきってますよ。」「上手だから楽しみにしてて下さい。」
と声をかけられました。
みんなの前で、模範を見せたり、代表でかけ声をかけるともききました。
100円ショップで鳴子を見つけてきて、「買って。家で練習したいから。」と自ら懇願。
夜中、寝言で鳴子躍りの曲を口ずさむほどの入れ込みようでしたぷぷ

ほほえましくてうれしいことだけれど・・・・ただこれは、今に限ったことじゃないんです。
さんぽは、幼い頃から「リズムに合わせて踊る」ことでは、結構うまくて目にとまるタイプ。
逆に言えば、あまりに完璧なのが、私には、障害の特徴に見えるほどでした。
でも、障害の特徴が現れているのだろうと何だろうと、「うまいことで目立つ」のは、
本人にとって、お褒めの言葉で、評価される。
それは、自信につながるし、自分を生きやすくするパワーになる。
そういう機会が、運動会中にあるって、すごくラッキーなのは確かです。


でも今年、何より、さんぽに運動会への自信をもたらしたこと。
それは・・・昨年度の3月頃から、急にのび始めた運動面の発達と関係がある気がします。

それまでは、
走るのも跳ぶのも投げるのも運動はなにをやっても、体の動きがぎこちなくてうまくできない・・・
お友達と比べながら、どんどん自己評価を下げ、やる気もなくなっていく。
保育園に入って、さんぽが運動面では特に何かとそうなりがちなのを、私もどこかで「不器用だから仕方がないよな。」という想いで見ていたのですが・・・。

鉄棒の前回りができるようになった
うんていが一段抜かしでできるようになった
自転車、補助輪なしで乗れるようになった
キャッチボールができるようになった
できることが増えていく自分が、すごいと思える。
運動することへの充実感、達成感を感じる。
だから、運動会の練習も楽しい!!

さんぽは、今年
「かけっこ」や「リレー」にも、「できる」という前提で練習に参加したようです。

最近は、保育園から帰ってくると、「かけっこ」の話でした。
きいてると感心するくらい、すごい観察してるんです。

「OO君が速いのはね。足なんだ。足が高いところにあってそろってるんだ。
××君が遅いのはね。足が違う方向に開いて走っているからなんだよ。」
「リレーは、バトンを上手に渡すと速くなるんだ。このぐらいの位置で渡すとうまくいくんだよ。OOちゃんがバトンをすぐ落とすのは、持つ場所が悪くて振り回して走るからだよ。」

う~ん、なかなかするどい観察力。
でもこんなのもあります。

「このごろ、赤チームが強いのは、今まで遅かった△君が、運動靴変えたからだと思う。」

しかし、これだけ観察していれば、多少コツもわかってくるものかもしれません。
それまで、ぎこちなくいかにも不器用に見えた走り方も、随分さまになってきました。

それでも私、さんぽが
「オレ、かけっこ1番になるよ。」とか、「リレーで、友達を抜かしたよ。」とかいうのには
(えーっっそっそれはあやしくねぇ~っ?あのどんくささでは、かけっこ1番は無理でしょ。だいたいリレーでバトンを正しく相手に渡すの苦手じゃないかな)と信じていませんでした。

いざ本番の全員リレー。始まってすぐにドラマが展開しました。
さんぽのチームの女の子が転倒。
一時は、ほかのグループに半周ほど引き離されてしまったのですが、
さんぽの出番近くまできて、接戦になってしまったのです。
これはいっちゃなんですが、最悪、でしょー!!

「やめて~。接戦でさんぽにバトンが渡って、どべになったりでもしたら、やばいよお。
さんぽ、ショックでその後パニックだって。ああ~もぉ~接戦なんかだめだめ。
どうか、さんぽにバトンが渡る前に、確実にどべになっっちゃって!!」
なんて、大変失礼なことを本気で願っていた私でした。

でも、私の想いもむなしく、大接戦の状態でバトンが渡ったさんぽ。
なんと、前におどりでて、後ろを引き離す見事な走りで、次の走者にバトンタッチ。
勝利を導くのに一役かったりなんかしたのでした。

確実に間違ったおかしな方向に力の入っていた私、すぐに事態をのみこめず、
あれ?どういうこと?へなへな~~~。
力が抜けてしまいました。



最後、整列した一番後ろで、ピンと背筋をのばしているさんぽの後姿。
初めての運動会のときは、ぶかぶかだったはずの帽子と体操服が、
今日は、なんだか小さく見える。

ふと、年少さんの子どもたちを見る。
ちいちゃな背中たちが、落ち着きなく、座ったりふらふら動いて、並んでる・・・。
さんぽもあんなんだったのかな・・・。
あぁ、そうだったっけな・・・。
いつのまにか、この場所で、さんぽはこんなに大きくなったんだな。
こんなにたくましく、男の子らしくなったんだな。

すっかり忘れていた、今までの辿ってきた過去の道に、幼いさんぽが次々と浮かび、
急に胸がぎゅうっとなりました。
思わずわれにかえって、周りを見渡す私。
まだ卒園でもないのに、熱くなったりしてちょっと恥ずかしい。

さて、運動会が終わり、まだまだ余裕いっぱいの笑顔で戻ってきたさんぽ。
「みんなで、おすしが食べたい~」だって。どこのご子息かいっ!

ハハハ、それにしてもがんばったね。すごいね。かっこよかったね。
ありったけのご褒美の言葉をかけながら、手をぎゅっとつないで歩く。


見上げると、台風あけの雲のない青空が広がっていました。
すかっとした空でした。


テーマ:保育園ライフ - ジャンル:育児

小さな命が教えてくれるもの

身体の方、随分よくなりました。

不安が増幅する状態って、怖い。
いろいろな活動に、自分自身でストップをかけてしまう。
そして、不安に打ち勝とうとすると・・・あのパニックがやってくる。
一旦、不安が増幅してからの、不安のコントロールって、難しい。

さんぽがこれからもつきあっていかなければ「不安とのたたかい」
その苦しさがどんなものか、少しだけわかった気がします。

でも改めて・・・大変だったり、必死だったり、キャパを超えたことをし続けた後からくるこの症状
自分の精神面の弱さを思い知った・・・。
これも、そう、これも私。こういうのも自分。
そう思うと気が楽になります。
いつまでも身体も心も若くはいられない。年齢とも上手に付き合っていかなきゃね。



ところで、「カブトムシの夏」の記事でのyockyさんからのコメントに
「命が受け継がれていく」という言葉があり、ふと思い出したことがあります。
教員時代の、とても印象に残っていた出来事の一つで、言葉に残しておきたくなりました。

それは、小学1年生、「秋君」との出来事です。

秋君との出会いは、10年も前
私は、初めての1年生担任。それまで、ずっと高学年を繰り返してきた私にとって、未知の学年で、
良い緊張感と期待に、教師として、力が入っていました。
気合の入った入学式。でも秋君は欠席。
秋君は、急に入学することが決まった子どもで、就学時検診も受けておらずノーマークでした。

ところが私のクラスが平和だったのは、秋君のいなかった入学式の一日だけでした。

次の日の朝は、秋君が教室に入ったとたん、教室中がチョークのらくがきで真っ白。
チョークを隠しておいた次の日は、黒板消しでパフパフ。教室が真っ白もやもやになり全員避難。
今度こそと、チョークも黒板けしも隠しておいた次の日は・・・・欠席・・・・がくっ。
秋君は「やめ」と言えば余計にやるし、叱る言葉は全く耳を貸さない。
もともとルールが入ってないし、言葉遣いはヤンキー語でした。

1年生を初めて担任した私、対応のまずさもあって秋君の行動はエスカレート。
学級崩壊には至りませんでしたが、かなり秋君にてこずってしまいました。

ここまで読んだ人は、もしかしてADHDだったとか?なんて思うかもしれません。
でも、発達障害について勉強した私、今になって振り返っても、おそらく違う・・・。
秋君の不適応行動は、二次的なものだと思います。

秋君は母子家庭の子ども一人。
母親から言葉による虐待を受けていたと思われます。

やることが他人にも危害が及ぶので、強く叱ると、
たった6歳の子どもと思えない、背筋も凍るほどの冷ややかな目になる。
そして、教室の窓にのりだし、
「先生、おこっても全然怖くねーんだよ。そんなに怒るなら、オレ窓から落ちるけどいいの?」という。
時には、はさみの刃を開いて口にくわえこみ
「オレが悪いというなら、ベロをきっちゃうよ。」という。
時には、私にはさみを渡し
「どうせオレが悪いんでしょ。殺せば。オレを殺せば。死ぬのなんか全然怖くないもんね。」
教室には、はさみは、置いておけなくなり、窓の管理にも気を使うようになりました。

そんな秋君。世話好きな女の子には優しく、男ぶりをみせたり、威厳のある男の先生には、部下のようにふるまうなど、コミュニケーション力は結構ありました。
やってることはめちゃくちゃなのに、元気いっぱいで明るい面は、子どもから人気もありました。
私もさんざん振り回されたけれど、どこか憎めなくてすきでした。

でも秋君は、絵をかくと、いつも黒で塗りつぶす。
あんな大口を叩いていながら、自分を描くときは、とても小さく小さく、画用紙の一番隅にかく。

そして、何かあるとこういう
「母ちゃんは、オレが嫌いなんだ。オレのこと生まなきゃよかったって思ってるんだ。オレは死んだ方がいいんだ。」
そして、さんざん悪いことをした言い訳も
「オレが死んでもも母ちゃんは悲しくないんだ。だからオレがめちゃくちゃ悪い奴になって殺されればいいんだ。オレは死ねばいいんだ。」

秋君の言葉を聞いていると、叱る言葉も簡単にでなくなっていきます。
肝心な面に話が進まず、「殺す」「死ねばいいんでしょ。」の言葉の先に行くまでに時間がかかる。
でも、6歳といえど、明らかに間違っている自分のおこした行動を、全てお母さんの言葉に結びつけるのは、逃げでもある。

ある日、私は、秋君のアサガオの鉢を、学校の隅のどぶで見つけました。
1年生で植えるアサガオ。種を植えるときは、秋君もわくわく顔で生き生きと活動していたけれど、
数日もしてくると、水やりもしなくなり、見に行くこともしませんでした。
秋君のアサガオは主の顔も知らず、みんなが持ち帰った後もずっとほおっておかれ、最後は捨てられてしまってました。


でも、数ヶ月誰にも見つからない場所で、ひっそりと倒れていた秋君のアサガオの鉢。
捨てられ、水ももらえぬまま一度は枯れてしまったアサガオの
生き抜いた種が、自ら発芽し、新たな小さい芽が顔を出していました。

命は、受け継がれていました。
自ら持つ、生きる力で。

その日も、秋君はひと騒動。
興奮して何も耳に入らず、「殺せ、はさみをもってこい。」と叫ぶ秋君を
私は、半ば強引にその場所によび、「あき」とかかれた鉢の中の、小さな命に触れさせました。

「赤ちゃんだ。オレのアサガオの赤ちゃんが生まれた。」
その一瞬で、秋君の目が、子どもらしい優しい目に戻ったのを覚えています。
秋君はもうわかったのかもしれません。
秋君は、生きること死ぬことに、人一倍敏感だったのだから。

「秋君、この芽、自分の力で大きくなろうとしてるよ。
秋君が全然水をやらなかったのに、見てあげなかったのに、捨てちゃったのに
生きたい生きたいって、独りで芽を出したんだよ。こんなに小さくたって、独りで生まれたんだよ。
秋君も、自分で生きる力持ってるんだよ。この芽と同じ力持ってるんだよ。」

秋君は何度も頷き
「オレ、この芽、大事にする。育てる。」と抱え、教室まで運びました。

数週間後、秋君は、突然の転校が決まり、嵐のようにお別れ。
最後の最後まで、ばたばたして、何がなんだか。
秋君が転校してからも、学校中にたくさんの秋君の落し物が残っていました。

その中にどこにあったのか、くちゃくちゃになった紙切れ1枚
開くと、秋君の字で
「ぼくのこと わすれないでね。」とかかれた文字と
隅の隅に、相変わらず小さな小さな自分の絵。
そして、その横に小さな小さなハート・・・
私には、そのハートが、あの時のアサガオの芽に見えました。

10年もたった今、秋君がどうしているか、全くわからないのだけれど
秋君と過ごした嵐のような日々、6歳の子どもが精一杯生きてた証は
思い出すと、こどもたちに眠る大切なものはなにかを教えてくれます。

アサガオの芽が受け継いだ生きる力、秋君にもつながっていることを、願ってます。



ちなみに、さんぽの死んでしまったカブトムシも、命が受け継がれていました。
気がつけば、土の中に、まるまるとした幼虫が、わんさかわんさか
ざっと54匹
うっ・・・・・・・・・うエ~~~~~~

受け継がれすぎ。

テーマ:男の子育児 - ジャンル:育児

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