ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

運動会は、不安の嵐

今日は、朝から不安定なさんぽ・・・。
学校から帰ってきたら、さらに悪化。

些細なことで、泣き、イライラして当り散らす。
遊びにも集中できず、何となくぐだぐだとしてる。

ちょっと久しぶりの光景です。

でも、理由がわかるので、私も心得ています。
理由はね・・・。

明日の運動会。

かけっこでは、一番はどうしても無理(一番どころか多分2番3番も・・・?)
玉入れは、いつも「赤組」が負ける
そして、全体で、「赤組」が勝てるかわからない

とにかく、不安で不安で仕方ないらしくて・・・。

夕飯中、突然、「どうやったら、早く走れるのかな。オレ、今日いつもずっと考えてるんだ。」
テレビを見ていて、また急に「オレ、いつもかけっこの後、今度こそ一番をとってやると思ってるんだ。」
お風呂はいりながら、ふと「ばあちゃんが、馬のうんこを踏むと足が早くなるっていってたけど、ホント?」
歯を磨きながら「つま先で走った方が早いと思うんだけど、オレ、うまく走れないんだ。」
その間あいだでは、常に、空中で玉入れのまねを繰り返す

見るもせつなく、一日中、明日のことを心配してるんです。


前向きとも思える発言もあるけれど、これが油断禁物で。
考えているうちに、いろいろなことがたまらなく嫌になるらしいんだな。

椅子を応援席に持っていくのは、重いから嫌
体操服は、身体がかゆくなるから嫌
午後からもあるのが嫌
1年生だけで下校するのが嫌

不安だらけで、さらにそれだけ、嫌なものが膨らむと、そりゃもう、
息吸ってゴロゴロしてるだけでも、いっぱいいっぱいだよね。


わかるわかる お母さんもそうだったよ。
お母さんは、かけっこいつもどべだったから。
まあ、いいよ。運動会は、お母さんがいるからさ。
どうしても嫌で泣きたくなったら、泣きにおいで。


夜9時半を過ぎても、不安で寝付けないさんぽに、寝床でそう話すと


うん、でもオレ多分泣かないと思う。
保育園の運動会より学校の運動会の方がいいんだ。
だって、ゲームに出るのが少ないから。
オレは、ゲームに出て、負けるのが嫌なんだ。
学校は、かけっこと玉いれだけ出ればいいから、オレ、我慢できると思う。


そういいながら、やっと覚悟ができたように目を閉じ、すーすーと寝ていきました。
寝入る前に、赤組の応援歌をつぶやいて・・・。
最後まで無意識の中でも、運動会が・・・。


はじめての、小学校の運動会だもんね。
心配だよね、不安だよね・・・。
さんぽは、頑張り屋さんで、絶対頑張らないといけないと思っちゃうから、つらいんだよね。


負けてもいいんだよ。

かけっこ、早く走れなくてもいいんだよ。

玉入れ、入らなくてもいいんだよ。

もう何だか、頭がパンパンになって、泣いてもいいんだよ。


   
早く終わっちゃうといいね、さんぽ。



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お礼・・・それから、初めての図工

先回の記事に、たくさんの拍手ポチ
本当にありがとうございました。

なんでだろう・・・こういうことって、顔をつきあわす、身近な人には心のうちを話せないもので、
笑顔で「再検査だって」とさらっとしか伝えてなかったりして。
きっと、みんなそんなもんですよね。

実際、あの日、検査結果を心配して待っていたのは、私の母だけだったかと。
だんななんて、結果のメールの返事が返ってきたのは、夜になってからですから。(予想以上に無関心だった・・・。)

不思議と、結果を聞いて、しみじみと「ああ・・・よかった・・・。」という思いとともに
「早く伝えなきゃ!」といそいだところは、ここでした。

何だか、待っていてくれる人がいる気がして・・・。

たくさんの「どうだったかな・・・?気になるな・・」を、ありがとう!!!
たとえ、私の独りよがりだとしても、気にしてくれている存在がいると思えることが幸せだな、と感じます。

こんな私ですが、これからもよろしくお願いします。




さて、久しぶりに、さんぽのことで、一つ。

さんぽにとって、初めての「図工の授業」での話です。

その日は、「おひさまをかこう」というようなテーマだったらしいのですが
さんぽは、それがすごく楽しかったらしくて。

どんな絵か、私も作品そのものは見てないのですが、さんぽの話をきいて想像してみてください。

「オレはね。真ん中に大きく太陽をかいたの。
 色は、虹色にしたんだ。虹色太陽だよ。
 太陽の周りには宇宙をかいたの。土星と火星と地球も。
 土星には、わっかもつけたよ。
 宇宙だから、周りを黒く塗ったけど、土星や火星に少しはみだしちゃった。難しかった。
 だから、先生がやめてというまで、時間がかかったの。
 紙を全部使ったから、名前をかくところがなくなっちゃって、裏に書いたよ。
 先生に見せたら、わあ、いい絵になったねって言ってくれたよ。」

ーーーーそっかあ・・・すごいなあ。宇宙をかいたんだ。
    お母さん、考えただけでもわかるよ。
    さんぽの絵が、どんなに素敵な絵になったか。
    名前をかくところがなくなるまでかくなんて、かっこいいなあ!

「図工って楽しい授業だね。オレ、図工大好き。次は何やるのかな。」 


さんぽが、そんなコトいうなんて、4歳の頃には想像もできなかったことです。

像を形にすることができなくて、かくことが苦手だったさんぽ。
2歳から、変わることなくずっとなぐりがきか、てんてんだけの絵
筆を持つ手もぎこちなく、かくこともあまりしようとしない。
保育園に入り「オレは、ゴミみたいなものしかかけないんだ。」と言った、あのつらい出来事が
ついこの間のように思っていたのに・・・。
(ずっと記事に綴ってきましたよね。気になる方はカテゴリーの「自閉クン的特長」で)

あの時、「何とかしてあげたい」と思って、4歳の冬、通いだした絵画・造形教室。
今でもずっと続けているのですが、あの教室での楽しい体験が今のさんぽをつくったのは間違いありません。
今思えば、教室に通いだしたタイミングも、先生との出会いも、教室の環境も、ベストだったんだなと思います。

早速、先生に報告。
「こんな言葉を、さんぽから聞けるなんて夢見たいで・・・。」という私に
先生も
「そうですね・・・。まずは、かくことが好きになること・・から始まったんですものね。」
としみじみ。

なんとなく感慨深いものがあって、さんぽが絵を描く姿を、二人で目を細めて見ていました。

はじめての教室、絵を描こうとして、ワンワン泣いていた、幼いさんぽがダブる・・・。
ハサミを使うのにパニックになって、先生と途方にくれたこともあったっけ・・・。
先生に教えてもらって、桜の木をかいたときは、自分の絵に感動してすげーすげーって連発してたよね・・・。


そんな二人に、視線に気づいたさんぽが、顔をあげて笑顔を向けます。
そこには、絵をかく楽しさと、自信がみなぎった表情がありました。


・・・思わず先生と顔を見合わせ、吹き出す。

こんな日がくるなんてね、先生!     

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心配かけました

今日のさっき、細胞検査の結果が出ました。

結果は、やはり良性の繊維線腫

とにかく、大きさが直径4センチあったので、もしがんならヤバかったので
あまりの安堵感に、力が抜けそうでした。

もちろん、大きさが大きさだけに、とる方をすすめられました。
今年中には、手術をしてとってしまうつもりでいます。

それにしたって、
この先のこと、小さなこと一つ考えるのにも、どこかひっかかっていたこと。

マイホームのこと
家計のこと
仕事のこと

何より
さんぽやひだまりのこと

これからも、まだまだいっぱい夢を持っていいんだな・・・。
私に、まだまだたくさん時間があるんだな・・・・。

ああ・・・よかった、
・・・うれしいなあ。

まずは報告まで。

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そのままを認めてもらえること

お久しぶりです。心配かけていますね。
しばらく気持ちが揺れていて、疲れてました。

まだ、再検査の結果は出ていません。
乳腺科で有名なお医者さんは、全くのポーカーフェイスで、口調からもましては表情からも
全く何一つ読み取ることはできない。
「検査の結果が出てからしか、これ以上の話はできません。」
その言葉にしがみつきながら、乳房についた小さな傷を見ては、
ちくんとする痛みからふくれあがる不安の渦に巻き込まれないよう、自分の頬をたたいています。

怖くない、きっと大丈夫と。



今日は、私事で、心の軽くなる出来事があったので、ちょっと書いてみたいと思います。

友人の話です。

数ヶ月ぶりに、大学の山仲間の友人とランチしました。。

彼女は、病院関係の図書館の仕事に努めている、理系の女子です。
頭がよく、理論と計算で物事を考える彼女と、ちょっと抜けていて、感情と思いつきで動く私。
正反対のタイプである私たちは、何となく惹かれあうものがあり、大学を離れてからも仲が続いています。
信頼している彼女には、さんぽのことは、1歳半の発見された頃から、詳しく話してあります。

彼女は、興味本位でさんぽの話をきいてくることはなく、
たまに会う時でも、私から切り出さない限り、さんぽのことをどうこう言うことはまったくありません。
独身で、子ども好きでもない彼女に、何度も子どもの話をするのも嫌らしいので、
私もきっかけがないとあえて切り出さないため、その日の会話にさんぽの話がないことも多々。
そんな感じだと、彼女はあまり、関心がないかな?もう、忘れちゃったかな?・・・と思うことさえあります。

でも、違うんです。
彼女は、いつも私と会うときは、さりげなく発達障害の医学分野からの資料などを、用意しておいてくれていて
帰り際に、「よかったら読んでみて」と渡してくれる。

やっぱり、その日も、「これ、今の小児科の医師のベースだと思ってもらっていいものだよ。
特に新しい情報があるわけではないけれど、大抵の小児科の医師が通読している雑誌だから。
最近の医師の情報はこのくらいなんだと知っていてもいいかと思って。」と。

渡された紙袋の中をみると、特集が「発達障害について」の医学雑誌。
タイトルだけを追っても、興味のわく内容がならんでいました。

彼女は、普段から言葉や表情を使う方ではなく、
よく、こういう形で、優しさを見せてくれます。
私にはできない、こういう表し方に、じわあ~っとくることがよくあります。

別れ際ではあったのですが、少しさんぽの話をしました。

すると、相変わらず、表情を変えることなくきいていた彼女が、こんなふうにきくのです。

「ねえ、ききたいんだけど、さんぽ君は、パーツパーツを写真のように記憶する能力は、像全体が見えるようになると、どうなるの?
 繊細なパーツの記憶は薄れるの?それとも残ったまま全体の像になるの?」

ーーーう~ん、おそらく、残ったまま全体の像になると思う。

「うわあ・・・それは、疲れるわ・・・。情報がいっぺんにたくさん入ってきちゃうんだ。
 新しい環境ならば、像をつくるだけで精一杯だよね。さんぽ君、よく頑張ってるよ・・・。」

あれ・・・・?なんか,なんか・・・わかってもらえてる・・・・。
彼女には、わかるんだ。さんぽの苦労が。
思いがけない、彼女のくいついた部分に、私は、妙に、気持ちがぱあ~っとなりました。

続けて、彼女はこんなふうに。
「でも、それってすごい・・・・私たちは、像を得るために見えない部分をつくっちゃうもの。
さんぽ君の見え方は、私たちには絶対できないことだよね・・・。
やっぱり、人の脳ってみんな同じじゃないからおもしろいよな・・・。」

彼女は、さんぽが、目のトレーニングで、字が整ったり反転しなくなったことなんかも
「まだ、人の脳の中に、いろいろ可能性が秘められているってことだよね・・・。」って
とても感心している様子でした。

子育てを経験していない彼女には、
さんぽの持つ少数派の脳がゆえの親としての不安や悲観は、意味のわからないものかもしれないし、
幼児期のさんぽを育てていく過去のつらさは、どこか共感できないかもしれない。
でも、そう、私も、彼女からそういう感情を得たいのではなかった。
もっと、なんだろう・・・同情や共感でないとらえ方・・・。
それが、彼女の言葉から伝わってきたのが、無性にうれしかった。

彼女が、さんぽそのものの個性を、人として「すごいな」感じて
それを特別なものではなく、「みんな違っているからおもしろい」ととらえている

さんぽが、さんぽという「人」であるということ
それが自然に認められるということ。


私は、そういう当たり前の事実の言葉に、飢えていたのかもしれない。
それを彼女に気づかせてもらったのかもしれない。
帰りの車の中で、不思議なほど、はしゃいでいる自分がいました。


そんな素敵な友人ですが、
思い出してみれば、以前、私のことも、こんなふうに言ってました。

私は、そのころ山サークルの副将を務めていたんですが、どう考えても、人前に立つには、頭が悪い。
計画にはあちこち抜けてる部分があって、周りの補助なけりゃ、実行できないところもありまして。
優秀な彼女には、特に気を回してもらっていて、すごく引け目があったんです。
それで、宴会の折に、思わず酔っ払いながら
「それだけ、頭の回るタイプだと、私みたいに頭の悪い人間がTOPにたってるのをどう思うの?
本当は何でこいつがTOP?迷惑だなっ、て思ってるでしょ。」と聞いた私に彼女が言った言葉。

「skymamaの、全く計算せずに感情がおもむくまま前に進んじゃう姿に、結構ひかれるんだよね。
私には絶対できないから。だから、確かに抜けてる部分はあるんだけど、その抜けた穴をskymamaが気づく前に、私がふさいであげたいなって思うわけ。
何たって、skyamamaの場合、どこが抜けそうか予想できるし、その穴がベストでふさげれたら私も嬉しいんだ。
TOPは、そういう少し抜けてる人の方が持続するし、私はずっと隣にいてサポートしてあげたいな、私はそういう役に徹したいなって思うんだよね。skymamaは、今のままで、最高の副将よ。」


何が最高って
最高なのは、彼女の考え方だよな!

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現実逃避なつれづれ話

最近、寝る前にちょっと読んでいるのが、旅行記。
これをしたくなるのは、自分自身の、現実逃避のサイン。

さんぽがどうにも不安定で、もうどうしたらいいか疲れ果てているときとか
これからやってくるかもしれない試練や強い不安にかられると、
私は、なぜか旅行記を手にとるらしい・・・・わかりやすいですよね。

ということで、今、そういう状態なんです。私。

さて、現実逃避ついでに、こぼれ話など。

私の海外デビューは、よくありがちで新婚旅行なんです。
いやはや、そのシチュエーションはありがちすぎてごめんなさいって感じですが、
場所は、アフリカってことで・・・ハハハ・・・どう?
うへえ、skymamaさんって、思ってた以上に変わり者って、いきなりパスしないでね。

アフリカ大陸で一番高い山、「キリマンジャロ」に 登りに行ったんです。
イッテQでちょっと前に、イモトさんが登ってましたよね。

技術的には難しい山ではないのだけれど、何と言っても高度が4500Mこえるので酸素が少なくて
上手にペースをつかまないと、身体が酸素量についていかなくなるんです。
だから、3000Mこえた辺りから、早く登るのではなく、身体がそこの空気に慣れるようにゆっくりと登る。
行き交う人は現地の言葉のスワヒリ語で「ポレポレ(ゆっくりとね!)」と声を掛け合います。

若かった私たちは、山を登る時は、バリバリ行く派で、
人を追い抜き、早く着くことが意味のあることだと思っていました。
体力自慢だった二人は、秘かに行程時間が早いことが誇りであり、
息を切らしてでも休憩時間を減らしてでも、早いペースを崩さず登りきることが
山屋(山を本格的にしている人)の印だとも思っていました。

ところが、雲の上のキリマンジャロは、そんなことは意味がないと言う。

それよりも、自然に身体が楽になるように、ゆっくりと歩けと。
ゆっくり歩いた方が、頂上は近くなるんだと。

ゆっくりと足を進めると、草や木、鳥の声や獣の気配、周りの小さな生物の息の音に気づく。
乾燥した大地は、虫の足取りにも砂を舞い、その存在をアピールすることに感動する。
風の音、自分の呼吸、隣の人の歩く足音・・・

「早く」をめざしてしまうと、消えてしまう存在が、たくさんあったことを知る。


延々と続く頂上へ道
でも、走っちゃいけない。あわてちゃいけない。
ここでは、自分の呼吸音を確かめながら、小さな存在たちと共に歩む「ポレポレ」が一番近道。

「ポレポレ」

どこか優しい響きのする、その言葉が、歩き方に別の方法があることを教えてくれた。

「ポレポレ」と歩く、その足取りの方が、
目指しているものが近くなる時だってあるのだと。

(まあ・・・キリマンジャロの場合、頂上近くなると、呼吸が苦しくて、ポレポレしか歩けないんですけど・・・ね。)



今でも、バタバタとすると、忘れてしまっているのだけれど
何かの瞬間に、吸い込まれそうなくらい広大な大地が、目の前で広がって
「ポレポレ」
って声をかけられたような気になる時がある。



ねえ、「ポレポレ」で歩いてみたらどう?って。




余談ですが、アフリカ(おそらくスワヒリ語)では、「ん」が最初につく言葉が、結構あるんです。
日本語では、「ん」は最初につきませんよね。しりとりのルールで明らかなように。
そして、50音では、最後の言葉「ん」

あるわけないはずの、「ん」から始まる言葉。
日本では何となく言葉の附属品のような扱いの「ん」は、
アフリカでは、言葉の中で存在の大きい最初の位置にも、使われている。

そうやって思うとね。
「ん」だって、素敵じゃんかってね。
「ん」って、仲間はずれや、ついでの音なんかじゃなく、ちゃんと言葉の最初に使われる音で、
「ん」が、最初にくるといい響きを持つ言葉になる・・・、それを知ってる場所や人がいる。
変に感動したりして。

え?何が言いたいのか、意味わかんないって?
へへへ・・・そっか。そうだね。


今日の現実逃避な話は、ここまで。

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さんぽの近況報告

さて、更新続きついでに、最近のさんぽの様子。

いやはや、めちゃめちゃ、ありえないくらい順調なんです。

本当にいろいろ想定して、いろいろ覚悟していたので・・・順調すぎて、かくっとなるくらいで。


先生やお友達の環境に恵まれていたのも、幸運だったし
まだ、授業が短くて、緊張に耐えられる時間で下校になるのも、さんぽには助かることだし
今のところは、さんぽの苦手な「かく」「板書する」などの機会が少ないのも、大きい理由でしょう。

さらに、さんぽにとって、時間割にそって進む学校生活の流れが、見通しやすかったのかもしれません。
学校まで歩いて5分という楽な距離も、無駄なストレスをためなくてすむし

とにかく、滑り出しでこける要素は、今のところ一つもない。
さんぽの気持ちが、安定していることは
ひだまりの入院やら、自分の体の心配やらあるわが家族にとって、何よりもありがたいことです。
  

ただーし。

1年を担任した経験から言えば、4月の1年生たちは、誰もが最高に緊張していて、いい子なんですよね。
みんながいい子になろうと、本当に頑張っているから、教室も自然とよい環境がつくられている。
1年に限らず、どの学年も、「一つ大きくなった自分」に誇らしげな気持ちがあって
いろいろな意味で、みんな新しい活力にあふれ、程よい緊張感でみなぎっているはず。

でも、これは、一時的なもので、当然続かない。
確実に、どこかで誰もが崩れだします。
高学年なら、連休明けくらいからちらちら顔を出す頃・・・、でも、1年生はもう少し先です。
さんぽは、おそらくさらに先。みんなが崩れだして、環境が悪化したら一気に耐えられなくなる気がする。
勝負は、そこからかな。


親としての対応といえば、
今は、昨年の医師の言葉を、忠実に守っています。

1つは
「ストレスが過多になる時期は、新たな刺激を増やさず、
 家では、いつも通りを確保してしてあげること」

もう一つは
「1年生なんだから~しなさいはせず、1年生だから思いっきり手伝って、本人の負担を軽くしてあげること」

これに限る!!
今は、とにかく、「できない」というさんぽにとって最大のストレスの負担を、なくすことに
全てをかけています。

何たってこの私。
保育園入園の時は、これとまるっきり反対のことをして大失敗してますから
この辺は、大いに慎重です。



ところで、さんぽのことで、どうしても報告したいこと。

実は、鏡文字がほとんどなくなりましたーーーー
大きさも縦棒と横棒のバランスも、ぼちぼちいい具合になってきて、まあそれなりの文字になってきたのです。

うそ!?間に合ったじゃん!!
正直、驚きです。

文字練習とかドリルとか、繰り返し練習はさせていません。
もともと、文字を書くことに抵抗があるので、文字練習をさせるなんて、至難の技だし、
ドリル練習みたいなのは、さんぽのようなタイプには、実際、効果がないかもしれません。

じゃ、ついこの前まで、鏡文字オンパレードだったさんぽが・・・、
それどころか45度回転文字や、横棒や縦棒がアンバランスな不器用文字が並んで
まるで、よく子供用クイズにある怪盗の手紙みたいな感じの文字になってたさんぽが、
わずかな間に、どうやって習得したの・・・って?
なぜ、鏡文字がなくなったの・・・・?
と思うでしょ。

これね。「視機能トレーニング」の成果だと思うんです。
おそらく。

視機能トレーニングに、家で毎日取り組むようになって、
それからビジョントレーニングを行う体操教室に週1で通いだして
約2ヶ月
その間に、一気に文字が変わったので。

ただ、昨日の連絡帳。
さんぽの板書てきたものは、明らかに途中から別の行に混同しちゃってました。
(先生が、個別で確認して直してくれていました。さすが!)
まだ、黒板を視写する時に、うまく視点が着地できていないな・・・とわかります。

視機能トレーニングは続けていきます。
その効果、ブログで報告できればいいな・・・。


それよりなにより

さんぽが「学校ね!楽しいんだよ!」って
笑顔で手を振って登校し、余裕を残した表情で帰ってくる。
この状態が、続くといいな。

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「死」を想う

更新、ちょっとがんばってるかしら・・・私。

まあ、ゴールデンウィークが思いがけずフリーになったということもありますが
もう一つ、ちょっとディープな理由があります。


胸のしこり・・・・また再検査。
あれから3ヶ月、連休前の定期検診で、「ちょっと気になるので」と医師から。
あの時は、99%良性です、と言われたのに、なぜ?

再検査は来週ですが、受付の人に、
「なるべく早い時期に、時間外に検査に来てください。
 そして、その日は、医師が話がしたいということなので、十分時間にゆとりを持ってきてください。」
なんて、言われちゃった。
ちょっとやばいのかな。

再検査の結果によっては、ブログに向かう気がなくなるかもしれないと思って
ちょっとあわてて記事を書き込んでいるんです。

そんな・・・大丈夫だよ・・・一度99%良性と言われたんだからさ・・・と思いつつ
もし、がんだとしても、切り取ってしまえばなんとかなるよ・・・と思いつつ

また、再び、「死」というものの影が目の前をチラつく。
考えすぎとわかっていても、がんとなれば、それも、仕方のないこと・・・ですよね。

なぜ、こんなに、考える?
自分の身体に不安で、落ちつかなくなる?
私は「自分の死」を恐れている・・・・?

どうなんだろう、そうとは思えない。

「死ぬかもしれない」ととっさに思った経験は、何度もある。

雪山登山
死におびやかされる時は、毎回の登山に必ずあった。
踏みしめる一歩一歩に、
「一つ足を置く位置を間違えば、死が待っている」という感触が次々とこみあげる。
息ができないほどの猛烈な吹雪、
目の前が見えなくなりどこにいるのかわからなくなるホワイトアウト
目がくらむ絶壁に、かじかんで凍った指が滑り、あせりでパニックになる。
打ち込んでも打ち込んでも、うまく岩に引っかからないアイゼン、
自分自身から沸きあがる恐怖が、自分自身を精神的に追い込んでいく。
「わあーーーーっ」と叫びたい衝動にかられ、
「こんな恐怖が続くなら、いっそ岩から何もかも離し、崖に飛び込んでしまった方が楽だ。」と思う。

死をも超えた現実の怖さの連続に、負けそうになる自分。
「ばか、離すな。」
生きようとする自分。
雪山登山は、その闘いを味わう場所だった。

雪山にのぞむときは、覚悟を持っていて、出かける前は、何か張りつめた想いで、部屋をすっきりと片付けたものだ。

海外の山では雷の落ちる瞬間にも出くわした。
すごい勢いで近づく雷鳴。放出される電気に、持っているピッケルがしびれ鳴った。
あわてて下山を開始するものの、稜線はあわてふためく登山客で渋滞し、前に進むことができない。
隠れるところのない雪の山。轟く雷鳴に身も心も震え上がる。
もうダメだ。雷が真上に来る。落ちる。死ぬんだ。
「ピッケルを離せ。身を岩に伏せろ!」
だんなの声で、我に返って身を伏せる。恐怖で目を閉じ、雷が通過していく様をがくがくとしながら過ごした。
あとで聞けば、
私は「怖くないーーーっ」ってずっと叫んでいたらしい。

同じように山で生きた先輩との別れもあった。
雪崩に巻き込まれ、冬を越し夏に花畑の中から遺体で出てきた彼女が、決して他人事ではなかった。

その非日常の、死と向き合いがあるからこそ、頂上は美しかった。
山を生きる私にとって、死は、決して、遠いものではなかった。


私は、ずっと平凡な幸せを、歩んできた。
病気知らずで、大きな病気一つせずに、すごしてきて
裕福でも貧乏でもない、ごく普通の家庭で、
世間並みにそれなりにいろいろな問題は直面しつつも、それなりにのりこえてきた。

ごく普通に、よい出会いに恵まれ、ごく当たり前の年齢で結婚し、
仕事でも、プライベートでも、自分を認めてもらえる場所を持って、好きなだけ没頭したし
子どものいない時代に、いくつか海外も体験した。
子どもを高齢で産んで、生活は一変したけれど、子育ての醍醐味も知ることができた。

私自身の人生、そんなに悪くない。
自分の歩んできた道を好きだと思う。
自分の人生に、後悔はない。

そう、「死」は怖くない。


でも
さんぽやひだまりを想うと・・・・。

胸がしめつけられる。

私はいなくちゃいけないんだ。
この子達のために、この子達を守るために、この子達の笑顔をみるために。

愛するということ
それは、わが身の存在の責任を負うことでもあるんだなと思う。


さんぽやひだまりの寝顔を見ながら
私は、「生きたい、生きなきゃいけない。」という気持ちを抱きしめる。


ただの再検査。 
考えすぎ
そう、考えすぎ。

テーマ:生きること - ジャンル:心と身体

長く連れ添ってきた、我がパートナー

今年のゴールデンウィークは、とっても天気がよくて、いいですね。
本当なら、私たちも海辺キャンプに行ってるはずでしたが・・・。

ひだまりが、血液検査の結果、
好中球というウイルスなどと闘う免疫力?の数値が低く、また何かに感染すると重症化するおそれがあるため
家でゆっくりしています。

「晴れ」となると、どこかに行きたくなる、私とだんな・・・。
休日に家の中にいると、もったいないような、人生無駄にしているような、とても悪いことをしているような
妙な気持ちになり、意味もなく外に用事をつくっては、さんぽを連れ出してます。

でも、何も予定もない休日ってたまにはいい。

だんなが、仕方なく、子どもとの遊びに付き合うから。
ベイブレードで対戦したり、キャッチボールしたり、ひだまりのお人形遊びの相手をしたり・・・。

みなさんのだんなさんは、普通に子どもの相手ができる人ですか?

うちは・・・仕事のある平日にそれをすることは、全くない。
普段は、子どもが寝静まってから帰ってきて、子どもが待っているから早く帰ろうって気もないし
早く帰ってきたところで、いつもより新聞をたくさん読んで、子どもより早く寝てしまうのがおち。
たとえ子どもがすぐそばにいても、一日中、全く関係ないそぶりでテレビの前に座ってられるタイプです。

一応・・・教員なんですけどね・・・。

いえ、子どもが嫌いって訳じゃないんです。
でも、子どもがいることに、気づいてない・・・っていうか、どうもパパとしての優先順位が違ってるんだろうな。

例をいえば、ひだまりが入院しててんやわんやしている先週の休日のこと。
こんな時は、だんなの出番なんですが、だんなは、自分の中にある予定は、「変えない」のが前提。
入院中のひだまりに付きっ切りのママ、さんぽはパパしか面倒をみる人はいないのだとはわかっているのだけど
自分のもともとあった予定(いっとくけど仕事じゃないよ)を変更は、しなくてもいいって思ってる。

どうも、そこは、だんなの「常識」らしいんですよね・・・。

で、どうするかというと
自分の予定が入っていた半日は、普段会わない自分の親戚に、さんぽを預けようと手配。
たださえ不安定なさんぽを、全くなじみのない親戚に、1人にして預ける?
そのたいした役もない、ただの地元のお祭りの会への参加を断わればいいことなのに、なぜそれをしない?
・・・私には思いもつかない常識はずれなことなんだけど、だんなとしては当然らしい。

大人だって考えたら嫌なのにね。
だんなだって、今だに私の実家に半日訪れることさえ、緊張が隠せないから、わかりそうなもの。
でも、自分の予定を変えないために、だんなは、発達障害を持つわが子にそういう形を選んでしまう。

私には、だんなの、????部分であり、
結婚する前から20年近く、二人のケンカの原因っていえば、そういう自分都合の常識についてでした。
大抵は、だんなはそこは当たり前と思っているので、ケンカして意味があったためしがなく、ほとんど平行線のまま終結してます。

でも、どうやら悪気があるのではなく、相手の立場に自分を置き換えて考えにくいっていうか、
だんなの中で、自分の都合の優先順位の回路しかつくれないのだとわかってきて
私の中に、ケンカにする気もなくなってきました。
それより、上手に説明して、その回路を修正するか、もともとそういう状況を回避できるように設定した方が
互いに苛立たないので。

そんなだんな、
休日やゴールデンウィークは、だいたい家族を連れてどこかへ出かける計画を立てます。
どこかに出かけてしまうと、だいたい「連れて行く」「テントの設営をする」「コンロを設置する」が
自分の楽しい役目だと思い込んで、その活動のみに没頭する。
先ほどの「子どもと遊ぶ」ということは、そこでもどうやら優先順位にないことなんですね。

まあ・・・テント設営とか、火をたくとか、大変な作業を、楽しそうに生き生きとしてやっているから、
そこを何もかも任せて
ひたすら、子ども相手をすることは、私も楽だし、子どもたちも楽しいので、いいんだけど。

でもふと思うと、このキャンプは、家族のための計画?、いや自分のための計画だよね?っと思うところはあるんです。
それでも、そうやって、だんなが家族と自分のバランスを保っていると思うとね。
さんぽやひだまりが嫌がるようになるまでは、これからも計画していけばいいかなって思ってはいるのですが。


だから、今回のゴールデンウィーク。
思いがけない形で、キャンプがおじゃんになって、全くフリーになった家族。
どうにも、時間をもてあそび、さんぽやひだまりの相手にされるだんな。
予定変更に最後まで抵抗しながらも、そうとなれば子どもの遊びに付き合っている、
そういう普通のパパらしい姿を見るのは

お母さんとしては、
たまには多数派のパパの常識を味わってもいいんじゃないの、うっしっしっ・・・なのであります。


だんながらみでは、ついでにこんな話も。

だんなは、子どもたちに人気のアニメ「ペンギンの問題」(知ってる?)が、さっぱり意味がわからないらしく
こどもや私が見ていると、その訳のわからなさに腹さえたってくるらしく、言葉で嫌悪感をあらわにします。

私は、好きなんですよ。あういう笑い。
予想もできない表現とか、ばかばかしいほどありえない場面展開とか、もう笑えてしょうがない。
世の子どもたちが、何で見たがるのかよーくわかります。
そこで
「ねえねえ、あなたには意味がわからないかもしれないけど、
 人気のある番組の意味がわからない自分の方が、少数派だってこと気づいてる?」
って聞いたら、
思いがけないことだったらしく固まってました・・・。

っていうか、だんなの考え方や、常識の優先順位や、相手の気持ちの察し方
そういうのが、さんぽと同じように、おそらく少数派だったってこと
私だって、最近やっとわかってきたんですけどね。


私自身も、多少さんぽよりだとは思うのですが、
だんなは、より一層さんぽに近い。


とかくマジメで純粋で、好きなことには詳しくて、どんな人も受容する頑張りやなんだけど
何だか考え方が不器用で、応用がきかず、予定変更や新しいシチュエーションにめっぽう弱い・・・。


そうか・・・だんなは、さんぽとそっくりだ。

テーマ:旦那さんのこと。 - ジャンル:結婚・家庭生活

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