ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

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優しい思い出・・・教え子と交流学級のやすくんと。

かつて5・6年を担任した子どもたちが、遊びに来ました。
ってもう25歳で、みんなすっかり大人なんですが。
ついに、私がその子どもたちに会った歳に、彼らが追いつきました。

毎年恒例で、「先生~きましたよ~」とうちに訪れてくれる、その学年の仲間は
1人はコックさんで、材料を持って本場流の昼食をつくってくれて
1人は園長を目指して大学院まで出た男の保育士さんで、さんぽの面倒を上手に見てくれて
超 楽 うっしっし・・・。

私は彼らのあの頃の輝いてたとこ、今じゃ恥ずかしくて暴露できないトコ、みんな知ってるから
ちょっと強み?
いえいえ・・・その分、彼らも私のどうしようもないとこ、助けなければいけないとこ全部知っちゃってますから。
あの頃、私は、若くて、教員の仕事すごく好きでただただ一生懸命で
でも、経験が足りなくて、性格的に抜け落ちていることも多くて・・・。
時々、主任ににらまれる失敗をしたときには、たった11歳の子どもたちが、必死で穴埋めしてくれてた。
その日々は、テレビのドラマ以上に、もっともっと新鮮で熱くって、
もっともっとドラマティックだった。
この学年の子どもたちに会うと、あの時の思い出が、きらきらと光って表れる。

あの学年の仲間には、やすくんという子どもがいました。
特殊学級(当時)在籍で、音楽が好きな自閉症の男の子。交流授業で、私のクラスにきました。
いつもにこにこしていて、うれしいときはぴょんぴょんとんで拍手、言葉は少なかったっけ。
穏やかで、拍手の上手なやすくんは、その学年の子ども達に愛されていました。
5年間をやすくんと過ごしてきた子どもたちだから、やすくんは当然の仲間で、やすくんのこだわりや苦手な部分を知り尽くし、当たり前に上手にフォローすることができていました。


ある日、放課の最中に、その学年の子どもたちが職員室にとびこんできたことがあります。
リーダー格の女の子たちは泣いていて、男の子数人は怒りで震えていました。
訴えるその内容は、低学年の子どもたちによる、やすくんへのからかい。
そんなにひどい内容ではなかった記憶があります。
子どもたちをなだめ、対応した後、私も含め、学年の先生たちは、すごく温かいものが心にひろがりました。
こどもたちのその姿に、私たち教員が教えられたのです。

「この学年の子どもにとって、やすくんをからかう行為は、どんなことであろうと人として許しがたいこと・・・なんだね。」
「5年間やすくんと一緒にすごしてきた仲間は、そういうふうに育ってきてるんだね。すごいね。うれしいね。」
先生たちと、そう言葉を交わしあったこと、今でもよく覚えています。

忘れられない思い出はもう一つ。運動会。
今回も、25歳になった仲間から、話がでました。インパクトの強い思い出です。

運動会では恒例の全員リレー(クラス全員がリレーをしてクラス対抗で競います)。
やすくんをどうリレーに参加させるか、練習のたびに、子どもたちはあれこれ意見を出し合いました。
やすくんが入る私のクラスは、びりっけつから順位をあげることはできませんでした。
やすくんがバトンをうけとってから、どうしても1周半ほど遅れてしまう。
すごく悔しいんだけれど、でも、やすくん自体を責めることは誰もしない。
「やすくんだけ、半周にしよう」という意見も、「そんなの、やすくんは1週走りたいんだから、だめだよ。」。
勝敗より、やすくんの気持ちを大切にする意見が強いことに、私の方が感心してばかり。
結局、やすくんのこだわりのお友達が前を伴走してやすくんをよび、後ろは普段やすくんの背の順の後ろの子が伴走、逆方向にいかないように工夫しました。

放課もクラスで練習、やすくんは、自主練習にはでたがらないので、
クラスの中で1人でも速く走れる子を増やすように、足の速い男の子が特訓リーダーになって主導。
夕方も、どうしても順位をあげたい子どもたちが、校長先生に懇願して、練習。
初めて、夕方の練習に、やすくんが顔を見せた日は、みんなおおはしゃぎしたよね。
夜暗くなるまで、運動場から「やすくん、がんばれ」という子どもたちの声がきこえてきたっけ。

本番は、3位。
やすくんが、バトンを受け取ってからの、「いよいよだ」とみんなが息をのむ想い。
ゴールした時、私の方を思わず振り向いた子どもたちの、最高に輝いたうれしそうな目
忘れることなんてできやしない。
4クラス中3位、1位じゃなくたって、やすくんと勝ち取ったすばらしい名誉だったよね。


やすくんと過ごした日々が残したたくさんの勲章。
今でも、色あせることなく、私のなかで、ピカピカしている。


さて、今回集まった仲間は、さすがに25歳なので
「結婚しました」報告の子もいて、話がはずみました。
「私、結婚式に出席するの、先生の次で、2回目なんですよ。」
披露宴に出る仲間が笑っていう。
そうだ・・・この学年が6年の時、私は結婚したんだっけな。
仕事が楽しくて、だんなをずっと待たせていた私、結婚を決めたきっかけは
この子どもたちに、新しい人生の出発を見せたいと思ったからだったな。

ああ・・・耳をすますと、結婚式で歌ってくれた子どもたちの「空を飛べるはず」の歌がきこえてくる・・・。

ここに、あなたたちの輝いた時代があるよ。
出会ってくれて、ありがとう。




テーマ:教師のお仕事 - ジャンル:学校・教育

コメント

こんにちは~。

子ども達が、やすくんのことで怒り、
泣いている様子は、胸にグッときました。

>やすくんをからかう行為は、
>どんなことであろうと人として許しがたいこと

すてきだね、すごいね。
そして今でも、そんな、心がピカピカな教え子たちが、
慕って訪れてくれる、skymamaさんは、
きっと、とっても素敵な先生だったんだね♪

心あたたまるお話、ありがとう(^^)

  • 2009/08/05(水) 02:07:04 |
  • URL |
  • 幸歩 #leF2ecbc
  • [ 編集]

幸歩さんへ

ありがとう・・・。
新任の時、主任の先生から「10年に一度くらい、自分の気持ちに吸い付くようにぴったりと合うクラスに出会うことがある。その時、ああ教師やってよかったって思うよ。」って言われたことがあります。
今回の教え子たちは、赴任して3年目の子どもたちでしたが、まさにそんな感じで、私はすごくラッキーだったのだと思います。
決して、「いい先生」ではなかったと思うんです。
穴ぼこだらけのダメダメ先生で・・・でも、出会った子どもたちが本当に素敵で、ダメな先生だったからこそ、俺たちがしっかりしなきゃみたいな・・・っ!!。
そして、その学年には、やすくんがいたから・・・。

いい出会いが、歩く道を明るく照らし、足どりを強くする。
私の道を照らしてくれている彼らとの出会いに、感謝の想いでいっぱいです。

  • 2009/08/08(土) 03:18:58 |
  • URL |
  • skymama #PBOAC/RY
  • [ 編集]

以前1度コメントさせて頂いた者です。
とっても素敵な”宝”をお持ちですね。
教育関係の仕事をしていても、なかなか
めぐり合えないし、その縁が持続している
事も素晴らしいです。

広汎性発達障害の息子の就学関係で
1学期はいくつか学校訪問をしたところです。
まだ、どんな形で入学するか迷っている
ところですが、この記事に書かれている
クラスのような仲間にめぐり合えたら
いいなと思いました。

  • 2009/08/11(火) 23:52:29 |
  • URL |
  • yocky #-
  • [ 編集]

yockyさんへ

コメントありがとうございます。再びお会いできてうれしいです。
就学のための学校見学、すでにたくさん足を運んでいるんですね。
学校の良し悪しだけでなく、一つ一つの見学の中で、支援の方法や対応、同じ境遇の仲間との出会いなど、確実に何かを得てきているyockyさんの記事を読んで、yockyさんに背中を押してもらった気になっている私です。
よし!!夏休みあけには、yockyさんを見習って行動していこう!!
勝手に奮起しております~。

そう・・・子どもを取り巻く環境、選択できるものなら、私たち親が、少しでもいい形のものを捜し求めて整えていくことはできる。
でも、わが子を取り巻く仲間たちとの出会い・・・こればっかりは、本当に運命で・・・。
ただ・・・出会い、めぐりあいは、互いに引き寄せられるものだと感じています。
やすくんは、あの仲間だったから健やかに成長したと思うし、あの仲間たちはやすくんがいたから、大切なことを学べた。
障害のあるこどももないこどもも、互いに互いの出会いに何か大切な宝を手にする。

これからの、わが子の歩む道が、そういう形であることを信じたいですね。

  • 2009/08/12(水) 03:14:31 |
  • URL |
  • skymama #PBOAC/RY
  • [ 編集]

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