ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

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小さな命が教えてくれるもの

身体の方、随分よくなりました。

不安が増幅する状態って、怖い。
いろいろな活動に、自分自身でストップをかけてしまう。
そして、不安に打ち勝とうとすると・・・あのパニックがやってくる。
一旦、不安が増幅してからの、不安のコントロールって、難しい。

さんぽがこれからもつきあっていかなければ「不安とのたたかい」
その苦しさがどんなものか、少しだけわかった気がします。

でも改めて・・・大変だったり、必死だったり、キャパを超えたことをし続けた後からくるこの症状
自分の精神面の弱さを思い知った・・・。
これも、そう、これも私。こういうのも自分。
そう思うと気が楽になります。
いつまでも身体も心も若くはいられない。年齢とも上手に付き合っていかなきゃね。



ところで、「カブトムシの夏」の記事でのyockyさんからのコメントに
「命が受け継がれていく」という言葉があり、ふと思い出したことがあります。
教員時代の、とても印象に残っていた出来事の一つで、言葉に残しておきたくなりました。

それは、小学1年生、「秋君」との出来事です。

秋君との出会いは、10年も前
私は、初めての1年生担任。それまで、ずっと高学年を繰り返してきた私にとって、未知の学年で、
良い緊張感と期待に、教師として、力が入っていました。
気合の入った入学式。でも秋君は欠席。
秋君は、急に入学することが決まった子どもで、就学時検診も受けておらずノーマークでした。

ところが私のクラスが平和だったのは、秋君のいなかった入学式の一日だけでした。

次の日の朝は、秋君が教室に入ったとたん、教室中がチョークのらくがきで真っ白。
チョークを隠しておいた次の日は、黒板消しでパフパフ。教室が真っ白もやもやになり全員避難。
今度こそと、チョークも黒板けしも隠しておいた次の日は・・・・欠席・・・・がくっ。
秋君は「やめ」と言えば余計にやるし、叱る言葉は全く耳を貸さない。
もともとルールが入ってないし、言葉遣いはヤンキー語でした。

1年生を初めて担任した私、対応のまずさもあって秋君の行動はエスカレート。
学級崩壊には至りませんでしたが、かなり秋君にてこずってしまいました。

ここまで読んだ人は、もしかしてADHDだったとか?なんて思うかもしれません。
でも、発達障害について勉強した私、今になって振り返っても、おそらく違う・・・。
秋君の不適応行動は、二次的なものだと思います。

秋君は母子家庭の子ども一人。
母親から言葉による虐待を受けていたと思われます。

やることが他人にも危害が及ぶので、強く叱ると、
たった6歳の子どもと思えない、背筋も凍るほどの冷ややかな目になる。
そして、教室の窓にのりだし、
「先生、おこっても全然怖くねーんだよ。そんなに怒るなら、オレ窓から落ちるけどいいの?」という。
時には、はさみの刃を開いて口にくわえこみ
「オレが悪いというなら、ベロをきっちゃうよ。」という。
時には、私にはさみを渡し
「どうせオレが悪いんでしょ。殺せば。オレを殺せば。死ぬのなんか全然怖くないもんね。」
教室には、はさみは、置いておけなくなり、窓の管理にも気を使うようになりました。

そんな秋君。世話好きな女の子には優しく、男ぶりをみせたり、威厳のある男の先生には、部下のようにふるまうなど、コミュニケーション力は結構ありました。
やってることはめちゃくちゃなのに、元気いっぱいで明るい面は、子どもから人気もありました。
私もさんざん振り回されたけれど、どこか憎めなくてすきでした。

でも秋君は、絵をかくと、いつも黒で塗りつぶす。
あんな大口を叩いていながら、自分を描くときは、とても小さく小さく、画用紙の一番隅にかく。

そして、何かあるとこういう
「母ちゃんは、オレが嫌いなんだ。オレのこと生まなきゃよかったって思ってるんだ。オレは死んだ方がいいんだ。」
そして、さんざん悪いことをした言い訳も
「オレが死んでもも母ちゃんは悲しくないんだ。だからオレがめちゃくちゃ悪い奴になって殺されればいいんだ。オレは死ねばいいんだ。」

秋君の言葉を聞いていると、叱る言葉も簡単にでなくなっていきます。
肝心な面に話が進まず、「殺す」「死ねばいいんでしょ。」の言葉の先に行くまでに時間がかかる。
でも、6歳といえど、明らかに間違っている自分のおこした行動を、全てお母さんの言葉に結びつけるのは、逃げでもある。

ある日、私は、秋君のアサガオの鉢を、学校の隅のどぶで見つけました。
1年生で植えるアサガオ。種を植えるときは、秋君もわくわく顔で生き生きと活動していたけれど、
数日もしてくると、水やりもしなくなり、見に行くこともしませんでした。
秋君のアサガオは主の顔も知らず、みんなが持ち帰った後もずっとほおっておかれ、最後は捨てられてしまってました。


でも、数ヶ月誰にも見つからない場所で、ひっそりと倒れていた秋君のアサガオの鉢。
捨てられ、水ももらえぬまま一度は枯れてしまったアサガオの
生き抜いた種が、自ら発芽し、新たな小さい芽が顔を出していました。

命は、受け継がれていました。
自ら持つ、生きる力で。

その日も、秋君はひと騒動。
興奮して何も耳に入らず、「殺せ、はさみをもってこい。」と叫ぶ秋君を
私は、半ば強引にその場所によび、「あき」とかかれた鉢の中の、小さな命に触れさせました。

「赤ちゃんだ。オレのアサガオの赤ちゃんが生まれた。」
その一瞬で、秋君の目が、子どもらしい優しい目に戻ったのを覚えています。
秋君はもうわかったのかもしれません。
秋君は、生きること死ぬことに、人一倍敏感だったのだから。

「秋君、この芽、自分の力で大きくなろうとしてるよ。
秋君が全然水をやらなかったのに、見てあげなかったのに、捨てちゃったのに
生きたい生きたいって、独りで芽を出したんだよ。こんなに小さくたって、独りで生まれたんだよ。
秋君も、自分で生きる力持ってるんだよ。この芽と同じ力持ってるんだよ。」

秋君は何度も頷き
「オレ、この芽、大事にする。育てる。」と抱え、教室まで運びました。

数週間後、秋君は、突然の転校が決まり、嵐のようにお別れ。
最後の最後まで、ばたばたして、何がなんだか。
秋君が転校してからも、学校中にたくさんの秋君の落し物が残っていました。

その中にどこにあったのか、くちゃくちゃになった紙切れ1枚
開くと、秋君の字で
「ぼくのこと わすれないでね。」とかかれた文字と
隅の隅に、相変わらず小さな小さな自分の絵。
そして、その横に小さな小さなハート・・・
私には、そのハートが、あの時のアサガオの芽に見えました。

10年もたった今、秋君がどうしているか、全くわからないのだけれど
秋君と過ごした嵐のような日々、6歳の子どもが精一杯生きてた証は
思い出すと、こどもたちに眠る大切なものはなにかを教えてくれます。

アサガオの芽が受け継いだ生きる力、秋君にもつながっていることを、願ってます。



ちなみに、さんぽの死んでしまったカブトムシも、命が受け継がれていました。
気がつけば、土の中に、まるまるとした幼虫が、わんさかわんさか
ざっと54匹
うっ・・・・・・・・・うエ~~~~~~

受け継がれすぎ。

テーマ:男の子育児 - ジャンル:育児

コメント

なんだか背筋がぞくぞくしてしました。
表現がおかしいけど・・・

読ませていただいてて
秋君が なんだか天使のように思えてきました。
大切なものを 教えに来てくれた 暖かい存在というか・・・

私のつたない表現では 余計に 汚してしまいそうですが・・・^^;

skymama先生に 見せてもらった 受け継がれた力強いいのちが
秋君の 人生を幸せに導いてくれているものと
信じたいですね。v-22


し・・しかし 54匹の 命は・・・・
わたしも ちょっと・・・e-447

冬を越すのも 大変そう・・・^^;

  • 2009/10/05(月) 21:29:12 |
  • URL |
  • おたふく #-
  • [ 編集]

どれだけ状況はひどくてもその中から一筋の光を見出せるってことですね!!
すばらしいっ!!
こういうことはその子にきちんと気にかけていたからこそできることなのですね。きっと!!
ほんの些細なことからでも希望の光を見出せる力が子供たちには備わっているんですな。

・・・最後で落としましたね師匠!!(笑)
54匹・・・・・頑張れ!!(笑)

  • 2009/10/07(水) 09:38:54 |
  • URL |
  • リトルガル #-
  • [ 編集]

おたふくさんへ

わぁ・・・おたふくさん、こんにちは。再びあえてうれしいです。
優しいコメント、ありがとうございます。

天使かぁ・・・うん、わかる気がします。
そんな感じ、確かにあります。
子どもの思いつくあらゆる悪さといたずらをし続けた秋君でしたが、
私も、どこか天使に近い、子どもそのものの姿を、秋君に感じています。

秋君は、お母さんが大好きでした。
遠足の日、お母さんのつくってくれたお弁当を、さんざん自慢。
でも、その日は、お弁当の時に、突然大暴れし、公園外に飛び出して一時不明に。
大騒ぎになりました。
後になって、鬼の子のような姿で見つかった秋君に、時間をかけて話をきくと、
原因はおにぎりを、一口お友達に食べられたこと。
「オレの母ちゃんがつくった弁当だぞ。たべるなんて許せない。オレは許さない」・・・。
本当は、この騒ぎに怒りで煮えくり返っていた私の心も、
その言葉で一瞬に鎮火。胸がきゅぅっとなったのを覚えています。

 そんな秋君の言葉や行動。
今、母親になって思い出すと、一層光を放つ。

秋君は、どんな子どもの中にもいる、天使かもしれません。
 

  • 2009/10/08(木) 00:17:59 |
  • URL |
  • skymama #PBOAC/RY
  • [ 編集]

リトルガルさんへ

トホホ・・・どうよ。これが、生き物好きな男の子を持つ行く末よ・・・。
全部は育てられないから、森へ返そうったって、言うこときかんよ。
幼虫さん、うにょうにょと毎日、腹筋運動みたいなことしてるよ~(思わず、母、観察)。
 
本当、こどもって、「生きる力」がオーラでバンバンに出ているんだよね。
秋君が決して良い環境の中で育ってきていないことは明らかなんだけれど、
不思議と悲壮感はなくて、子どもの持つパワーを存分に放ってた。
そのパワーは、命を引き継いで発芽したアサガオの芽のパワーと同じように私には見えた。
先生やってると、子どもの持つ「生きる力」がまぶしく見えるときって、結構よくあったんだ。
特に1年生には。
ああ・・・あの頃思い出すと、もうちょっと記事にしたいことがあるなあ。

実は、1年生を担任した私。
こどもパワーはすごく感じてたけど、私自身は決していい先生じゃなかったし、正しい対応していたとはいえない。
秋君にも、ほかの子どもたちにも。

もし、さんぽが入っていたら・・・相当ヤバかったな・・・。先生、頼むよ~だったな・・・ガクッ。

  • 2009/10/08(木) 00:42:00 |
  • URL |
  • skymama #PBOAC/RY
  • [ 編集]

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