ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

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そのままを認めてもらえること

お久しぶりです。心配かけていますね。
しばらく気持ちが揺れていて、疲れてました。

まだ、再検査の結果は出ていません。
乳腺科で有名なお医者さんは、全くのポーカーフェイスで、口調からもましては表情からも
全く何一つ読み取ることはできない。
「検査の結果が出てからしか、これ以上の話はできません。」
その言葉にしがみつきながら、乳房についた小さな傷を見ては、
ちくんとする痛みからふくれあがる不安の渦に巻き込まれないよう、自分の頬をたたいています。

怖くない、きっと大丈夫と。



今日は、私事で、心の軽くなる出来事があったので、ちょっと書いてみたいと思います。

友人の話です。

数ヶ月ぶりに、大学の山仲間の友人とランチしました。。

彼女は、病院関係の図書館の仕事に努めている、理系の女子です。
頭がよく、理論と計算で物事を考える彼女と、ちょっと抜けていて、感情と思いつきで動く私。
正反対のタイプである私たちは、何となく惹かれあうものがあり、大学を離れてからも仲が続いています。
信頼している彼女には、さんぽのことは、1歳半の発見された頃から、詳しく話してあります。

彼女は、興味本位でさんぽの話をきいてくることはなく、
たまに会う時でも、私から切り出さない限り、さんぽのことをどうこう言うことはまったくありません。
独身で、子ども好きでもない彼女に、何度も子どもの話をするのも嫌らしいので、
私もきっかけがないとあえて切り出さないため、その日の会話にさんぽの話がないことも多々。
そんな感じだと、彼女はあまり、関心がないかな?もう、忘れちゃったかな?・・・と思うことさえあります。

でも、違うんです。
彼女は、いつも私と会うときは、さりげなく発達障害の医学分野からの資料などを、用意しておいてくれていて
帰り際に、「よかったら読んでみて」と渡してくれる。

やっぱり、その日も、「これ、今の小児科の医師のベースだと思ってもらっていいものだよ。
特に新しい情報があるわけではないけれど、大抵の小児科の医師が通読している雑誌だから。
最近の医師の情報はこのくらいなんだと知っていてもいいかと思って。」と。

渡された紙袋の中をみると、特集が「発達障害について」の医学雑誌。
タイトルだけを追っても、興味のわく内容がならんでいました。

彼女は、普段から言葉や表情を使う方ではなく、
よく、こういう形で、優しさを見せてくれます。
私にはできない、こういう表し方に、じわあ~っとくることがよくあります。

別れ際ではあったのですが、少しさんぽの話をしました。

すると、相変わらず、表情を変えることなくきいていた彼女が、こんなふうにきくのです。

「ねえ、ききたいんだけど、さんぽ君は、パーツパーツを写真のように記憶する能力は、像全体が見えるようになると、どうなるの?
 繊細なパーツの記憶は薄れるの?それとも残ったまま全体の像になるの?」

ーーーう~ん、おそらく、残ったまま全体の像になると思う。

「うわあ・・・それは、疲れるわ・・・。情報がいっぺんにたくさん入ってきちゃうんだ。
 新しい環境ならば、像をつくるだけで精一杯だよね。さんぽ君、よく頑張ってるよ・・・。」

あれ・・・・?なんか,なんか・・・わかってもらえてる・・・・。
彼女には、わかるんだ。さんぽの苦労が。
思いがけない、彼女のくいついた部分に、私は、妙に、気持ちがぱあ~っとなりました。

続けて、彼女はこんなふうに。
「でも、それってすごい・・・・私たちは、像を得るために見えない部分をつくっちゃうもの。
さんぽ君の見え方は、私たちには絶対できないことだよね・・・。
やっぱり、人の脳ってみんな同じじゃないからおもしろいよな・・・。」

彼女は、さんぽが、目のトレーニングで、字が整ったり反転しなくなったことなんかも
「まだ、人の脳の中に、いろいろ可能性が秘められているってことだよね・・・。」って
とても感心している様子でした。

子育てを経験していない彼女には、
さんぽの持つ少数派の脳がゆえの親としての不安や悲観は、意味のわからないものかもしれないし、
幼児期のさんぽを育てていく過去のつらさは、どこか共感できないかもしれない。
でも、そう、私も、彼女からそういう感情を得たいのではなかった。
もっと、なんだろう・・・同情や共感でないとらえ方・・・。
それが、彼女の言葉から伝わってきたのが、無性にうれしかった。

彼女が、さんぽそのものの個性を、人として「すごいな」感じて
それを特別なものではなく、「みんな違っているからおもしろい」ととらえている

さんぽが、さんぽという「人」であるということ
それが自然に認められるということ。


私は、そういう当たり前の事実の言葉に、飢えていたのかもしれない。
それを彼女に気づかせてもらったのかもしれない。
帰りの車の中で、不思議なほど、はしゃいでいる自分がいました。


そんな素敵な友人ですが、
思い出してみれば、以前、私のことも、こんなふうに言ってました。

私は、そのころ山サークルの副将を務めていたんですが、どう考えても、人前に立つには、頭が悪い。
計画にはあちこち抜けてる部分があって、周りの補助なけりゃ、実行できないところもありまして。
優秀な彼女には、特に気を回してもらっていて、すごく引け目があったんです。
それで、宴会の折に、思わず酔っ払いながら
「それだけ、頭の回るタイプだと、私みたいに頭の悪い人間がTOPにたってるのをどう思うの?
本当は何でこいつがTOP?迷惑だなっ、て思ってるでしょ。」と聞いた私に彼女が言った言葉。

「skymamaの、全く計算せずに感情がおもむくまま前に進んじゃう姿に、結構ひかれるんだよね。
私には絶対できないから。だから、確かに抜けてる部分はあるんだけど、その抜けた穴をskymamaが気づく前に、私がふさいであげたいなって思うわけ。
何たって、skyamamaの場合、どこが抜けそうか予想できるし、その穴がベストでふさげれたら私も嬉しいんだ。
TOPは、そういう少し抜けてる人の方が持続するし、私はずっと隣にいてサポートしてあげたいな、私はそういう役に徹したいなって思うんだよね。skymamaは、今のままで、最高の副将よ。」


何が最高って
最高なのは、彼女の考え方だよな!

テーマ:心の持ち方 - ジャンル:心と身体

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