ひだまりの散歩道

広汎性発達障害のさんぽ(6歳)とひだまり(2歳)のママがつづる日記です。

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死んじゃった 自分の分身

今日の さんぽのつぶやき 気になったので 記録しておきます。

夜 寝床で 保育園の生活について 聞いていたときのことです。

保育園の生活を おもしろおかしく 話題にしながら 
私は 何の気なく「教室で 一番 泣き虫は だあれ?」と聞きました。

「OOくんだよ。」
「へぇ^^ さんぽじゃないんだぁ。」
「違うよ。オレ 泣かなくなったんだ。年中さんになって 全然泣いてないよ。」

さんぽは そういばりながら ふと 考えるように 言いました。
「もうね。死んじゃった子なんだけど 
ぽーさん(自分の名前を逆さにした名前) って言う子がいたの。」

私は 「死」 という言葉に 少し ひっかかりました。
「ぽーさんってどんな子? どうして死んじゃったの?」

すると さんぽは 説明モードに入りました。
「ぽーさんが死んじゃったのは はじめは小さかったけれど大きくなって
おじいちゃんになって もう動かなくなったからなの。」 

「ぽーさんは いつもいつも保育園で泣いていたんだよ。」
「ぽーさんは 保育園が怖かったんだよ。保育園初めてだったからね。
だから泣いてばっかりいたの」

私はそこまできいて ピンときました。
「ぽーさんは さんぽの中にいたの?」

すると さんぽは 「そうだよ。」といいます。

やっぱり・・・
ぽーさんは さんぽ自身。さんぽの分身です。

「でもね。ぽーさんはもう死んじゃったの。だから、もういなくなっちゃったの。」

不安と恐怖でいっぱいだった 登園しぶりの頃の さんぽ
あの記憶を 
おそらく 今でも鮮明な 当時の不安と恐怖を
「ぽーさん」という自分の分身に 渡して 
忘れようとしているのかな。

その「ぽーさん」という分身すら「死んじゃう」ことで 
消去しようとしてるのかな。 
あの頃の記憶を・・・?
それとも 様々なことが怖くて不安がいっぱいだった自分を・・・・?

予想でしかありませんが 私は そんなふうに 受けて取れました。

そうやって 不安でいっぱいだった自分を 消して 
刺激に強くさせた(刺激を受容した)自分に つくりかえた さんぽ
自分の分身(ぽーさん)を消したこと どんなふうに 思っているのだろう。

「さんぽさぁ。さんぽは、 ぽーさんがいなくなって さみしくない?」

さんぽは・・・
反対のほうを向いて 小さく 頷きました。

「でも、ぽーさんいなくなったから オレ 泣かなくなったし。」
その後 目はあわせないまま でも 確認するように さんぽは言いました。

「ぽーさんが いつも泣いてたけど いっぱい怖かったから 仕方なかったんだよね・・・。」 


私は とても とてもとても 切なくなって
たまらなく切なくなって
 
「お母さんはね。ぽーさんも 大好きだよ。
  さんぽも 好きだけど ぽーさんも 好きなの。
   泣いてばっかの さんぽも 好き 
   強くなった さんぽも 好き
   にこにこの さんぽも 好き
   おこった さんぽも 好き
   おりこうの さんぽも 好き
   悪いことする さんぽも 好き
   それから・・・。」

思いつく ありったけのさんぽを 並べて 好き 好き と繰り返しました。

何ていうか 

さんぽは さんぽのままでいい

どんなさんぽも 何も 悪くないし 間違ってない

全部 ひっくるめて そのままのさんぽが みんなみんな 好きだよ。 


そんな想いが 私の中で あふれてきて とまらなくて・・・

 

気がついたときには さんぽは もう寝息をたてていました。  



さんぽの 自分の想いからつくった 「ぽーさん」

眠る前の覚醒の中での 夢の前兆のような さんぽのつくり話だったのかもしれない。

でも 私には想像もつかなかった さんぽの 心の回路図を 一瞬 垣間見たような気がします。
 

年少の頃 保育園での初めての 毎日の社会生活
不安と恐怖で 生活がいっぱいいっぱいになって 自分が壊れそうだった さんぽ


何とか 自分の中のこの状態を変えなければ 
何とか 自分を守らなければ


そして つくった「ぽーさん」という さんぽの分身
それは 不安や恐怖がいっぱいの自分自身

そんな 怖がりで泣いてばかりいる「ぽーさん」は 死んじゃって いなくなったんだ。

そうやって 思うことで さんぽは
不安や恐怖でいっぱいだった自分を過去にし 新しくぬりかえようとしている・・・。

私は そんなふうに 思えて仕方ありません。


「死んじゃったぽーさん」

それは 不安や恐怖に 負けない 自分になるため
         
4歳の さんぽが 見つけた方法だったんだよね。






さんぽ でもね。


お母さんは 「ぽーさん」も好きだから。

もし さんぽの中に ぽーさん戻ってきても いいんだ。

いいんだよ。



   

テーマ:発達障害(自閉症、アスペルガー、LD、ADHD、発達遅滞) - ジャンル:育児

コメント

変わるって事は。

こんにちは、ママです。
 
息子は、幼稚園に入る=頑張る、の図式がインプットされてしまって、泣けなくなっていました。
 
泣く子は悪い子、息子、泣かないよ!
悪い子ちゃう! と・・・。
 
ある日、降園すると、半パニックで、
「なみだーー!でろーー!」
「なみだーー、いっこでろーーー!」と。
泣いて涙が出ないと、優しくしてもらえない、泣いて涙が出ないと、弱音が吐けない。
そんな心理状態になっていた様子です。
 
死んだという言葉そのものには、驚きますが、さんぽ君は、乗り越えた、と思い、その言葉に置き換えたのかもしれませんね・・・。「自分が変わる」って事を敏感に察知しても、表現し切れない、こだわりがある、といった場合、変わるって事も恐怖のヒトツでしょうね、見通しありませんし(笑
 
頑張ってるから、泣かないから、と表面ばかりをみていては、発達障害の子どもは育てらへんなあ、と、つくづく思い知らされた私です。
 
ホントにね、ぽーさんが戻ってきても、お母さん、全然、オッケですよね、分かります。
私も、泣かなくても涙が出なくても、たくさんたくさん、大切で大事だよ、って、息子に日常的に言うのを心掛けています。

  • 2008/06/09(月) 13:09:39 |
  • URL |
  • ママ #R8yFns7A
  • [ 編集]

ママさんへ
息子さんの図式、わかる気がします。
さんぽも イコールで結ぶ図式 作りがちです。
ヒトが過ごす生活の中で、本当は、計算と違って、
イコールに見えて 微妙に違うことや
割り切れないことのほうが ずっとずっと多いのに・・・。
自分が 思ってしまったイコールの図式を 成立するために、
マジメに頑張ってしまって、だんだん苦しくなっていくさんぽの姿、
保育園という社会に入ってから 幾度となく 見てきました。 

息子さんの「なみだーーーっでろーっ」と言う言葉も 
よんでいると 胸がぎゅう・・・としめつけられました。
涙がでなくても、何も悪くない。出なくても悲しいときがあったっていい。
涙なくても悲しいよ、つらいよ~と叫んでかまわない・・・。
でも。。きっと自分で決めた図式は守らないと、自分が変われないんですよね。
変われないと、見通しの立てないところから自分を守れない・・・だから・・・。
息子さんは、涙を出さない図式を守り続けているんですよね。

私たちが 親として できること・・・。
子どもたちの、心の中で作り上げた図式に ちゃんと気づいてあげて、
時々イコールにとらわれている気持ちを ふと休ませたり、
図式を少し変えてあげたり、
イコールでなくてもいいんだということ、
図式どおりに行かなくても大丈夫なんだを繰り返して話したり・・・

きっと そういう支援 なんですよね。

コメントありがとうございました。
もう一度 考えることができました。



 

  • 2008/06/09(月) 23:59:46 |
  • URL |
  • skymama #PBOAC/RY
  • [ 編集]

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